『編集王』ムサくて泥臭いSHIROBAKO?

土田世紀の『編集王』が面白い。現在、期間限定の無料開放中(※)で、全180話ほどあるうちの100話ほど読んだ。

主人公のカンパチは『あしたのジョー』に憧れてボクサーを目指していた。しかし網膜剥離で引退を余儀なくされ、知り合いのツテで「ヤングシャウト」という雑誌の編集部でのアルバイトを始める。

世知辛い編集部

ヤングシャウトの編集部はとにかく世知辛い。売上部数としては成功しているのだが、編集長は極めて打算的だ。素晴らしい作品を世に送り出すことではなく、重要なのは売り上げを安定させることと考えている。だから、良質な作品を送り出すよりも、データに基づいて効率的に判断をしようとする。

具体的には、作家にエロ描写を増やすことを要求したり、作家の書きたいジャンルを否定して雑誌のマンガジャンルのバランスを整えようとしたりだ。そのような現実的な売り上げ主義のため、作家はしばしば編集部の奴隷のように扱われるのだ。

ある編集の言葉を引用する

俺達マンガを作る人間はなぁ…… 
まず読者の希望に応える事を第一に考えなきゃいけねえんだ
金を払って、マンガ買って、お説教されたい奴なんて居るか?
欲望を全部肯定する事が最低条件なんだよ。
なーんも恥ずかしい事なんかねぇ

ヤングシャウト編集部の中心メンバーはこのような思考に染まり切っているのだ。それは出版ビジネスの観点からはある程度正当化されるだろうが、マンガという文化を小馬鹿にしているともいえるし、長期的に見れば「マンガなんてその程度」と人々に見放されるきっかけを自ら作っているともいえるだろう(※1)。

熱血漢カンパチの投入

そんな世知辛いヤングシャウトに、ボクサーあがりの熱血漢、カンパチが投入されることで様々な物語が生み出される。現実主義・売上重視に染まり切った編集部に、理想主義・作品重視の小さなグループが形成されていくのだ。

アル中の大御所作家、マンボ好塚と土田世紀

カンパチが初めて担当編集となるのがマンボ好塚である。過去に売れっ子作家だった彼は、現在では重度のアル中となっており、見る影もない。大量のアシスタントを抱え、つまらないネームで作品を量産している。

マンボの過去作品を読みふけり、感銘を受けたカンパチは、現在のマンボが駄作を量産していることに納得できず、本気でぶつかる。

経緯は省略するが、トイレにこもるマンボを相手に、ドアの外で全裸で説得するシーンがある。やがてカンパチの腹が冷えて便意に襲われると、なんと彼はトイレに押し入り、2つのケツが便座を奪い合うことになる。このシーンは最高だった。

そんな酷い光景もあるとはいえ、やがてマンボは前を向くことになる。このマンボ好塚編はとても感動的に、しんみりと終了する。ついつい電車の中で涙ぐんでしまった。

アプリのコメント欄で知ったのだが、作者の土田世紀もまたアル中だったのだという。どんな思いでマンボを描写していたのかを考えると二重にしんみりしてしまう。

理想と現実が交錯する仕事マンガ

本作の面白いところは、理想論と現実論との葛藤をしっかりと、生々しく描いていることにあるのだろう。熱血漢のカンパチが、現実論を前に何も言えなくなるようなシーンもあれば、芸術家じみた作家が〆切から遅れてメチャクチャ面白い原稿を提出し、編集者が家族との休日を犠牲にすることを覚悟でその掲載に動く理想論よりのシーンもあるのだ。

何より、現実主義、売り上げ主義の編集長は、昔カンパチのような男だったらしい(※2)。

ほとんどの場合、人はこのような理想論と現実論の間で葛藤しながら働くことになる。そして、理想論が常に勝てるほど、現実は優しくもない。

絶えず理想と現実で葛藤させられながら、それでも長期的には理想が叶うように、強い覚悟をもって粘り強く歩みを進めていく必要があるだろう。

『SHIROBAKO』というアニメ制作を題材としたアニメがあった。アニメ制作の流れがある程度理解できるし、ポジディブなエネルギーを与えてもらえる、名作だと思う。

『編集王』は『SHIROBAKO』と比べて圧倒的に泥臭く、また仕事上でのストレスの描写も生々しい。しかし理想論と現実論の葛藤の深さ、生々しさについては『編集王』に軍配があがるだろう。そしてその分だけ、理想を目指すために必要な意志や覚悟を育ててもらえるのではないだろうか。





※1 このように読者の欲望を全肯定するような風潮というのは今も根強く、主人公がひたすら活躍して可愛い女性たちに好意を抱かれるような作品が量産されているようにも見える。現実から逃避し、心をいやすための秘密基地としてのマンガを否定するつもりもないが、そういう作品ばかりだと本当につまらないなぁと思う。

※2 まだ完結まで読めていないので、半端な表現になっている。

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