『子どもはわかってあげない』:受け継いでいくもの

かなり面白いマンガを読んだので久々に書いてみよう。ネタバレには配慮しない。

あらすじ


主人公の朔田美波は水泳部員。明るく活発で、円満な家庭で楽しく生活している。ただ、一緒に暮らす父親は実は再婚相手であり、実の父と会ってみたいという想いが膨らんできている。

そんな彼女が書道部員の門司昭平と出会い、様々なきっかけを得て父親に会いに行く。昭平の兄の明大が探偵であることもあり、素性をしらべていくと美波の父親は宗教団体のトップだったらしく、しかもそこから大金を持って失踪したことがわかってきて…

感想

まず感じ入ったのは、マンガのセンス・上手さである。ほんわかした絵柄と地に足ついた人物描写が印象的で、人物同士のちょっとしたやり取りが楽しい。絵的な派手さはないのだが、心地良くスルスルと読めていく。

結末も穏やかなものだ。ささやかな夏の冒険が終わって、美波と昭平が少し成長して…という感じで終わり、心地のいい満足感が残った。こんなマンガをたくさん読みたいものだ。

テーマ

本作は宗教・超能力・探偵など、いろいろ盛り込んだラブコメという体裁をとっているが、全体を貫くテーマはしっかりと存在している。

それは「受け継いでいく」ということだ。

例えば人に何かを教えるということについて「教わったことはうまく教えられるんだけど、何となく身についていたことはうまく教えられない」ということが、登場人物ごとに描写される。

書道一家で育った昭平は、子どもに書道をわかりやすく教えられる。
美波は泳ぐのが得意だが、カナヅチの子に水泳をうまく教えられない。
そして美波の実の父は人の心を読む超能力を持っているのだが、それを絶望的なほどに伝えられない。

受け継いでいくのは技術や知恵だけではない。誰かからの恩だってそうだ。
明大は探偵業の料金を美波に請求しない。その代わりにこう告げる。

「美波ちゃんが大人になった時、私と同じように自分より若い人にそのお金の分何かしてあげて」「そういう借りの返し方もあるんだよ」

さらに受け継いでいくもののなかでも特に愛情が最強のカードであると。それについては詳述しないが。


ふと、ある文章を思い出した。それは中学受験に備えて読んでいた国語のテスト問題で出会った文章である(よくそんなもんを覚えているな)。

その文のテーマは、「子どもは自分の親に恩を返しきれるか?」だったと思う。著者はいう。親からの恩を返しきるなんて無理に決まっている。乳児の時にどれだけリソースを割いてもらったと思っているのだ。生まれてからどれだけ愛情を注いでもらったというのか。

同じだけの恩を返すことなんて不可能だと理解すべきだ。

そのうえで、じゃあ返しきれない恩をどう扱ったらいいのか?今度は自分が自分の子どもたち、あるいは身の回りの人たちに対して、愛情を注ぎ続けるのだと。恩というのはそうやって直接返し続けるものじゃなくて、リレーしていくものなんだよ、という文章だった。

まさに、本作で扱われた内容だろう。

「本作にそういうテーマがある」と認識したうえで二週目を読むと、美波と昭平は「与えてくれる人たち」に囲まれているなぁとしみじみ感じるのだった。

美波の実の父、友充について

本作のテーマからすると、友充は「受け継いでいくこと」から外れてしまった存在だ。「自分にしかできないこと」を追い求めて新興宗教の教祖になってしまったが、うまく伝えられなかった。自分の娘に愛情を注ごうにも、娘が5歳の時に離婚してしまった。

何重にも、「受け継いでいく流れ」から外れてしまったのだ。

彼の目線で見ると、高校2年生になった美波が自分のもとを訪ねてきてくれたことは奇跡のような出来事だったろう。
再婚相手からの愛情ですくすく育った娘をみて、複雑な気持ちもあっただろう。でも、「美波は何があっても大丈夫なようにできていると思う」と伝えられた。美波は「お父さん」と読んでくれた。

彼は宗教団体と決別し、元の職業であった按摩に復職する。与えあい、受け取りあう流れの中に戻ることができたのだろう。

追記:ちょっとした気づきについて

子どもはわかってあげないというタイトルの意味

「大人はわかってくれないよな」という定番のセリフを反転させたものだろう。本作では大人たちがちゃんと大人としての役目を果たしている。さりげなく次の世代を見守り、必要に応じて手を差し伸べている。

でも、子どもたちは必死に主観的世界を生きている真っ最中なので、出てくる言葉は「大人はわかってくれないよな」なのだ。

そんな言葉に苦笑しつつ、大人たちは子供たちに知恵を、技術を、愛情を受け継いでいってくれてますよと。そんな意味のタイトルなのだろう。

19話のタイトル「しーじぇでぃいーだりえんちん」について

「しーじぇでぃいーだりえんちん」は、一見すると意味不明なひらがなの羅列。しかし、実は『大きな河と小さな恋』という歌の中国語歌詞をひらがなで表記したものです。
日本語訳での意味は「世界で一番の恋」となります。意味がわかると、本編の美波と昭平の関係と照らし合わせて思わずニヤけてしまいそうです。

https://honcierge.jp/articles/shelf_story/8523より



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