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ベルセルクの終盤を妄想する

現在、マンガアプリの1日1話無料で『ベルセルク』を読み返している。もうすぐ蝕が始まるところまで来ていて、少し憂鬱だ。しかし鷹の団とグリフィスを巡る過去編の部分は、ベルセルクの花形とも言える面白さで、ここを読み返すたびストーリー全体について色々と考え込んでいる。

数年前、研究室の先輩とベルセルクについて延々と話し続けたことがあった。先輩は相当なサブカル好きだったのに、ベルセルクを初めて読んだばかりで興奮気味に色々と話してくれた。

「鷹の団編でキャスカがどんどん可愛くなっていく描写がヤバい」とか、「シールケが可愛い」とか、そういうことも延々と話したが、一番楽しかったのはガッツがなぜベヘリットを持ち続けているかについて議論した時だ。

ベヘリットの役割

ガッツがなぜベヘリットを持ち続けているのか。表向きは妖精のパックが気に入って携行している感じになっているが、物語上はやはりガッツの所有物と見るのがいいだろう。

想像されるのは、「ガッツが携行しているベヘリットが涙を流し、生贄を捧げて使徒となるかを問うてくる」という展開だ。こんな展開がありえるのだろうか。

グリフィスのベヘリットが泣いた経緯

補助線として、グリフィスのケースを考えよう。グリフィスは鷹の団のリーダーとして出世街道をひた走った。しかし、ガッツを失ったショックから判断を誤り、牢獄で拷問を受けることになる。拷問の描写は壮絶で、健を切られたり舌を抜かれたり、皮膚を剥がされたりとマンガとは言え直視できないようなものだった。

その後、鷹の団の残党とガッツが組み、グリフィスを救出する。そして追手と戦おうとすることになるが、拷問によって失ったものはあまりにも大きかった。グリフィスは当時の戦闘能力も、カリスマ的な統率力も見る影もなくなっていた。

自分は夢には届かない。唯一対等の存在と思えそうだったガッツが、自分に同情的な目を向けている。ここでグリフィスの持っていた特殊なベヘリット、「覇王の卵」が涙を流す。

そして、蝕が訪れ、ゴッドハンドはグリフィスに選択肢を示す。

「夢を何よりも渇望するのなら、捧げると唱えるが良い」

これに対する返答が、一部ネットでミームとなっている「…げる」だ。グリフィスは、自分にとってかけがえのない居場所だった鷹の団のメンバーを、キャスカを、ガッツを、生贄として捧げると宣言した。

再起不能なレベルで肉体を損傷し、自らの目標が達成困難となったとき
かけがえのないメンバーを生贄として捧げることでゴッドハンドに転生した

グリフィスのケースはこうまとめることができる。

ガッツの置かれた状況の意味

さて、ガッツの方はどういう状況にいるだろう。気になるのが、狂戦士の鎧を身に着けるようになって以降、ガッツの肉体がどんどん損傷していることだ。色覚、味覚、手の震えといった症状に侵食されている。それでも、強敵と対峙すれば、鎧の力を借りざるを得ない。このままではグリフィスのように、いずれ再起不能なレベルで肉体を損傷してしまうのではないだろうか。

そんなガッツも、旅路のなかで徐々に仲間を増やしていった。妖精のパックやイシドロは旅路を明るくしてくれる。ファルネーゼはすっかり丸くなり、キャスカの面倒を見ながら一歩一歩成長していくし、セルピコやシールケは戦力としても、理解者としても頼もしい。グリフィスにとっての鷹の団を彷彿とさせるような、かけがえのないメンバーだ。

こう整理すると、グリフィスの状況をなぞるようなシチュエーションで、ガッツのベヘリットは涙を流すのではないか、その状況が着々と整っているのではないかと思えてくる。

ベヘリットが泣いた後

ガッツが持っているのはただのベヘリットであり、グリフィスの持っていた特別なベヘリット(覇王の卵)ではない。ガッツが仲間を捧げても使徒になるだけで、ゴッドハンドとは格が違うかもしれない。でも、ガッツは人間のままで使徒を次々葬ってきた蓄積がある。そのガッツが使徒になれば、ゴッドハンドと同格になるかもしれない。

だからきっと、ガッツは「グリフィスへの復讐を果たすため、仲間を捧げて使徒となるか」と問われることになるだろう。ここでガッツは「捧げる」と言うだろうか。

ここで、先輩とは意見が真っ二つに別れた。先輩は「この作品はダークファンタジーなのだから捧げると言ってほしい」と言い、自分は「ガッツは仲間を犠牲にできるような人間ではない」と反論する。ここはどうしても噛み合わなかった。

幻の83話

ベルセルクには、単行本には収録されなかった回が存在する。それはグリフィスがゴッドハンドになるときに、深淵の神と会話を交わすという回で、「物語の核心をつきすぎている」ことから単行本非掲載となったようだ。

ベルセルクについて検索をすると、その内容についてはすぐに知ることができる。この話を踏まえると、物語のラスボスがグリフィスやゴッドハンドではなく、世界の因果律そのものになる可能性がある。

そうなると、結果的にベヘリットはガッツを使徒にするためでなく、ゴッドハンドや深淵の神へと続く道を開くツールだったということになるのかもしれない。

「むしろ、グリフィスと共闘して深淵の神と戦う展開まであるのではないか。」そう話したら、先輩は「これはダークファンタジーなんだよ!それじゃあ少年漫画!」と遺憾の意を表明していた。

結果がどうなるのかわからないし、そもそも完結を心配されている作品でもある。しかし、ガッツのベヘリットが涙を流すところをどうしても見届けたいと、つくづく思う。


※ ここまで書いた後に検索したら類似の考察が大量にでてきた。まあ、このnoteは自分の思考を書き留める場所なので、新鮮味がなくても許して欲しい。


※※ 2021/5/21追記
三浦建太朗先生が亡くなってしまった。悲しみにくれながら、物語の結末を自分なりに考え、整理してみた。マジメに考えたのだが、少し突飛な展開になっているかもしれない。しかし、自分のなかでは多くのピースを一枚の絵に収めることができたと、満足している。


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