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救われた、という言葉に救われた

大学生の頃、スーパーで品出しのアルバイトをしていた。

パートさんの帰る時間から入り、閉店まで働いていた。
当時、閉店まで入っているアルバイトは私しかおらず、値引きシールを貼ったり発注作業をしたりと、閉店作業に含まれる業務は殆どしていた。

その中に、青果を下げるという作業があった。
青果の中でも葉物野菜や水に浸けてある野菜たちは、閉店前にキャリーや台車に載せてバックヤードにある冷蔵庫の中にしまう。そして、次の日の開店前にそのまま出せるように新聞紙などをかけて保管するのだ。

青果のパートさんは私と入れ替わりで上がるし、社員さんも朝から働いているので閉店前には帰ってしまう。なので、野菜を下げるのは私の仕事になった。

青果の社員さんは、いつも朝早くから遅くまで働いていた。顔を合わすことも多くて、空き時間にはよく談笑していた。ちょっぴり卑屈なところもあるけど、別部門の私にもとっても優しくしてくれる素敵な人だった。

野菜を下げる作業が必要な時は、今日はどの野菜を下げるかリストを作っていつもデスクに置いておいてくれた。
これは新聞紙をかける、これは長台(長い台車)に載せる、これはキャリーに載せてあるならそのまま、など、とても細かいところまで指示をくれていたので非常にやりやすかった。

ある日、そのリストに人参を食べる馬の絵が描いてあった。
その社員さんは競馬が好きだった。

すごくほっこりする絵柄で、疲れてトゲトゲした心が柔らかくなるようなイラストだった。
その日、私はそのイラストの下にリスト作成のお礼も兼ねてひとこと添えたイラストを描いた。
元々絵を描くのが好きだったから、なんだか仲間を見つけたようで嬉しかった。

次に出勤した時、社員さんが笑顔で話しかけてくれた。貴女の絵素敵だね、上手だねと褒めてくれた。
その日のリストにも、可愛らしい馬がキャベツを持った絵を描いてくれた。

それから、リストでのイラストのやり取りが出勤の楽しみになった。
線画だけだったイラストは、そのうち色鉛筆で丁寧に彩色されるようになり、モチーフも様々なものになった。
時には、私の好きなぬいぐるみを抱っこしている馬の絵を描いてくれることもあった。(サムネイル画像)

社員さんは、最近絵から離れてたけど、私の絵を見るうちにちゃんと描きたくなって練習してるんだ、とスケッチブックに描いた絵の写真を見せてくれたりした。
誕生日には、おすすめの画材をプレゼントしてもらった。
バイトに行くのが楽しみで仕方なかった。
こうしてあっという間に、時間が過ぎていった。

バイトと学業の間に進めていた就活が終わった。
就職先が決まった、と社員さんに告げると、よかったね!と言って就職祝いをくれたりした。
嬉しいけど、何か寂しかった。

仕事が始まる前に、仲のいい社員さんと3人で遊びに行くことになった。
辞めるのが名残惜しかったから、心底嬉しかった。

社員さんの好きなボートレースを見に行った。初めてだったから全部面白かった。
500円が7000円に化けたりした。ちょっと怖かった。

その帰りの電車で2人きりになった。
初っ端から地方に飛ばされるんですよ、なんてこれからの仕事の話をしたりした。そんな時。
社員さんがぽつり、と言った。

「僕はね、貴女に救われたんだよ。」

え?と思った。言葉が続く。

「仕事が辛くて、行きたくない、死んでしまいたいって思うことも沢山あった。だけど、貴女の返事が楽しみで何とか仕事に行けてた。絵のやり取りをしてたから、絵を描くことの楽しさを思い出せた。本当に、貴女に救われてたよ。有難う。これからも、そのままの貴女でいてね。」

電車の中で、みっともなくぼろぼろ泣いた。
言葉に詰まって、そんな、とか、私も楽しかったから、とか、欠片しか返せなかった。
救おうなんて気持ちは微塵もなかった、だけど私の絵が誰かの活力になっていた。その事が何だか嬉しいし、大好きな人の支えになっているということが本当に嬉しかった。

バイトはマネージャーさんから、もうこんなとこ戻ってくるなよ、という声をかけられて最終日を終えた。



地方に飛ばされた新卒の仕事は、本当につらかった。連勤の日々に身体を壊した。
そして、心を病んで辞めてしまった。
だけど今、別の職場で楽しく働けている。

あんなに激務だったのにこの程度で済んだのは、あの日の社員さんの言葉があったからだ。
本当に駄目だった時、崖の縁でグラグラしていた時、あの言葉をふと思い出したのだ。

「今、私は社員さんの言っていたそのままの私でいられているか?」

そう思った。
すぐに仕事を辞めた。すぐにメンタルクリニックに受診して、少し休んだ。
おかげで、この程度で済んでいる。少しずつ寛解して、何とか普通の人と同じ生活ができるようになってきた。

私は、あの人の救われたという言葉に救われたのだ。

あの人とは連絡を取っていない。LINEも交換せず、ただただバイト先でしか話をしていなかった。
今、どうしてるのだろうか。

私は、今もあの人が救われたという日々に救われながら、懸命に生きている。


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