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久しぶりの外に出れた子どもたちが嬉しそうで何よりって話

はじめに

パンデミック家族だったもので(その苦しんだ症状について記載したnoteはこちら)子どもたちは外に出れず、悶々とした生活を送っておりました。

ぼくに似たのか、今の娯楽設備が整っているからなのかはわかりませんが、自宅に引きこもっていることが楽しそうではあったのですが、それでもどこか窮屈な感じがしていたのは言うまでもありません。

「おーい、外に出て遊ぼっ」なんて声をかけると喜び勇んで3名の有志たちは這いずり出てくる様子を見ていると、やっぱり外に出たいってのは理屈じゃないんだねってことを目の当たりにするいい機会になりまして。

はじめましての方から頻繁に起こしいただく方まで、ようこそ。
どうも、ゑんどう @ryosuke_endo です。

欲望を発散するかのような走り回り

特に目を引いたのは三男くんが外に解き放たれた瞬間。

その動きたるや、昔々にスポーツトレーナーなんて職業をしていたからなのか、そんなことは全く関係ないほどに躍動感の溢れる走り方が披露されたのには驚きを隠せませんでしたわ。

それはもう見事みごと。

小さい子ってのはすごい。全速力で直線を走っていたかと思いきや、急激なStopとか平気だもん。全速で走ってるのに小回りをするものの遠心力に吹き飛ばされる様子とかも含めて、体感しながら微調整していく様子に背筋がゾクゾク。

その調整は外に出ている間、延々と繰り返される。彼の意識と肉体の間にある微調整は、終わることがないのだろう。他の二人も同様に調整している様子を見ることはできたが、彼ほどに全速力の中で調整するようなことはなかった。

長男くんや次男くんは鬼ごっこをしながら、ぼくを追いかけてくるのに必死だったこともあるだろう。

ぼくだって捕まりたくはない。必死に逃げる。久しぶりに走るなんて行為をしたせいか、臀部に筋肉痛が発生しているのだが、走るだけで臀部に筋肉痛が発生しているのだから褒めていいだろう。

ひたすらに息を吹きかけるシャボン玉

一通り、鬼ごっこやバドミントンなどでアクティブな身体活動を終えたら、今後は物静かなものに移行する。

シャボン玉、これを考えた人はすばらしい。目の前にいたら感謝申し上げたいこと、この上ない。

ぼくですら楽しい。

ひたすらに息を吹きかけるだけで、あんなに翻弄される遊び、最高だ。大人になっても、「このシャボン玉をすべて避ける!」みたいな本当に情けなくなるがバカみたいなことに挑戦したくなるものだ。

できなければできないで子どもたちにウケるから、失敗などない。
シャボン玉は、いくら多くつくろうが環境的にもご近所さんへの迷惑度合い的にもダメージは少ない。

我が家のご近所さんたちは似通った年齢の子どもたちがいる家庭が多いこともあり、子どもたちの遊びには寛容な姿勢ではあるものの、キャッチボールをしてて窓ガラスが割れてしまうことなどが起こればコトである。

その点、シャボン玉はいくら出そうが、どんなに強く吹いてつくろうが関係ない。割れてくれるし、勝手に上空に飛んでいってくれる。

ぼく以上に三男くんは全力で吹きかけ続けていた。それはもう顔を真っ赤にしながら、自分でシャボン玉を作り、そのシャボンが群がっている中に自らの身を投じてはキャッキャとはしゃぐのだ。

何が楽しいのかサッパリわからないが、一緒にやってみたら案外楽しかった。外から大人ヅラしてバカにすることはいけないことである。

おわりに

そんなわけで、外で遊んだ際のことを書いただけのnoteが終わった。本当に書く内容が思いつかない場合は、こんな風に日常を切り出すしかない時点で、ぼくには書き手としての才がないことを自覚する。

まぁ、それはそれで仕方がない。

それがぼくの書くnoteだ。

ではでは。

ゑんどう

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