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キレギレチョップ!

 アイドルなのにゴリラの尻役という超シュールな配役の演劇をブッキングされた俺は、プロ意識をかなぐり捨て舞台からわざと転落。全治2ヶ月の骨折診断書をゲットした。だが実際は無傷である。元気なのでモンハンの発売日に近所のおもちゃ屋で開店を待っていたら中学生にばれてしまった。ガチガチに変装してたのに。番組で勝ち取ったオリジナルスタジャンを着ていたのが悪かった。こいつは絶対画像をツイッターにばら撒く、と思った俺は、

「今すぐ画像を消せ。あと学校サボるんじゃねえ」と言いながらイガグリ頭にチョップを見舞った。これが悪手だった(チョップだけに)。一部始終をパパラッチに激写されていたのだ。おまけに中学生の友だちが動画をアップしやがった。これがバズった(バズるの使い方合ってる?)。動画はその日のうちにアジア全域を駆け巡り、プロレスラー天山広吉の必殺技モンゴリアンチョップのコラ画像まで作られた挙句、俺のブログには北はサハリンから南は南千住までありとあらゆる言語で罵倒コメントが殺到した。その趣旨はだいたいこうだ。

「謝罪しろ」

 したよ! したよ謝罪! 中学生の家まで行ったよ!お母さんが俺のファンで最終的には記念撮影で終わったよ! 劇団関係者にも謝罪したよ! まだチケット1枚も売れてなかったよ! どんだけアングラ劇団なんだよ! 事務所にも謝罪したよ! 出席者全員が碇ゲンドウのポーズでお出迎えだったよ! その後のことは恐怖のあまり思い出そうとしても思い出せないよ! 人体って不思議!

 このように半死半生半笑い状態の俺の内情など世間はこれっぽっちも知らず謝罪を求めてくるのである。事態を苦慮した事務所の主動により、記者会見がホテルニューオータニ東京「芙蓉の間」で行われることになった。完全に嫌がらせだ。なにしろ広過ぎる。1500人規模のパーティ会場だ。もちろん使用料は俺の給与から天引き。なんてことを愚痴る間もなく1時間後に会見が始まる。一体どうなっちまうんだ。この数日間で事態は悪化の一途をたどっていた。今がチャンスとばかりにマスコミは有る事無い事書き立てたのだ。番組アシスタントをマンションに連れ込んだとか、おっぱいパブに通い詰めているとか、酔って電柱を抜こうとしたとか、ホットヨガを習い始めたとか、整体師に心酔しているとか……もう訳がわからない。半分くらいしか真実がないじゃないか!

 控え室で頭を抱えている俺を尻目にマネージャーはかっぱえびせんをつまみながら、ワイドショーを観ている。画面にはこの後緊急記者会見の文字。司会がクリップボード片手に数々の疑惑を視聴者に説明している。画面下部に流れる視聴者からのツイート紹介のスピードが速い。ほぼ非難めいた内容。どこまで俺を追い詰める気なんだ。そんなギリギリチョップな精神状態の俺にマネージャーが言い放った一言で俺はブチギレた。

「すいません、そこのティッシュ取ってもらえます?」

 自棄になった俺はティッシュ箱をマネージャーの顔面めがけて水平に投げつけると控え室を出て電話をかけまくった。ほうぼう手を尽くしてようやく目的の人物と接触に成功。この企みが成功すれば一発逆転もありえる。いよいよ記者会見だ。

 会場に入ると一斉にフラッシュが焚かれた。1500人規模の会場だが入りは200人くらいだ。俺はヤフー知恵袋からコピペした謝罪文を読み上げ深々と頭を下げた。だが当たり前のごとく記者の溜飲が下ることはない。矢継ぎ早に質問が飛んでくる。俺はその全てを否定した。何を言っても納得などしてもらえないだろう。大事なのは何を記憶に残すかだ。視聴者により強いインパクトを与えれば細かいことなんて消し飛んでしまうはずだ。

「会見の最後にゲストをお呼びしています」

 俺は壇上からフロアに降りるとパーテーションを開くように指示を出す。服を脱ぎ用意しておいた特設リングに上がるとゲストを招き入れる。

「天山広吉選手です!」

 芙蓉の間に入場テーマ「テンザン ~時空~」が響き渡る。俺は直立不動で天山選手の必殺技モンゴリアンチョップを待ち構えた。

「目には目を歯には歯を! チョップにはチョップを!」

 天山選手の振り上げた両腕が俺の肩に思い切り食い込む。その瞬間、何かが壊れる音が聞こえた。テンションが上がった天山選手は頼んでもいないのに地獄突きと天山チョップ、TTD(テンザン・ツームストーン・ドライバー)を遠慮なく披露。結果、俺は全治2ヶ月の重傷を負った。

 この動画はその日のうちに地球を駆け巡りyoutubeで再生回数2億回を超える大ヒットとなった。そして目論見通り世間は俺のしたことなど完全に忘れて、天山選手は一躍大スターの仲間入りを果たした。

イラスト ゆずちゃ

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