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第9回① 福本 和生さん 徳島の男子医学生、起業のテーマは「産後うつ」!? 

「医師100人カイギ」について

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「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
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発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

今回登場いただくのは、徳島大学医学部に在籍する福本和生さん。現役医学生ながら、産後うつ改善などのヘルスケア事業を扱う株式会社「クロスメディスン」創業者としての顔も持つ。徳島在住の未婚の医学生が、なぜ「産後うつ改善」に取り組んでいるのか。その想いや理想の生き方について伺った。

福本 和生さん
コミュ障ガチ勢脱却を目指して、人の共感能力の強化法を見つけるべく2年間アメリカへ自閉を学びに留学。帰国後、自身の共感能力の獲得欲求が心理的居場所感の形成不全に起因するとの気づきから、医師+αになるための活動を行う外国語研究会と、社会のヘルスケア課題の解決を行うi-GIP徳島を設立。現在は最初の心理的居場所である家族の絆形成阻害の一因となる産後ストレス解消のため、赤ちゃんの泣き声と罹患しうる疾患を結びつける「あわベビ」(赤ちゃんからのSOS理解促進アプリ)を開発中。

地方の男子医学生が
「産後うつ」に辿り着いたきっかけ

 幼少期、自身がいじめられていたことに気づかなかった体験から、「人はコミュニケーションを通してどのように共感能力を身につけていくのか」に興味をもったという。共感能力を勉強するため、医学部1年生の19歳の頃に、自閉症のグループホームの取り組みが行われているアメリカ・ノースカロライナ州に留学した。

 グループホームに実際に携わる中で気づいたのは、幸せに生きるために必要なのは、共感能力でなく「居場所」だということだった。そして居場所で最も大切なのは家族であり、家族の絆の形成は最も初期の段階、つまり「産後」で行われることを知った。

 もしかして、産後に家族形成が上手くいかなかった場合の結果が「産後うつ」ではないだろうか。
 福本さんがその仮説に辿り着いたのは留学から帰国して2年後の、2020年12月の時であった。

解決の鍵は、
母親へのソーシャルサポート数

 産後うつを解決するためにはどうすればいいのか。その答えのヒントを得るために、福本さんは2021年5月に尾崎紀夫先生(名古屋大学大学院医学研究科特任教授)を訪ねた。

 「そこで得られた産後うつ解決の糸口が、『母親へのソーシャルサポート数』でした」

 ソーシャルサポート(=社会的支援)とは、社会における人とのつながりの中でもたらされる、精神的あるいは物質的な支援のことだ。例えば母親に対してであれば、直接的な子育て支援をはじめ、ヨガ・ピラティスなどを通じたコミュニティ形成、そして保育士の業務負担軽減も含まれる。

 そして母親の感じるさまざまなストレスを軽減させるには、自分を理解してくれる人の数、頼ることのできるソーシャルサポートの数が大切だ。

 福本さんは実際のソーシャルサポートとして、徳島大学の産婦人科教室と一緒に「母親向けの子育て支援ガイドブック」を作成したが、その中で一つの疑問が生じた。

 「なぜこれだけ多くのソーシャルサポートが必要なのか。もしかしてストレスを減らせば、必要なソーシャルサポート数を減らすことができるのではないだろうか。」

 ここで「赤ちゃんの泣き声」に着目した。

 泣き声は母親にとって大きなストレスの1つだ。泣いたときは即緊急事態となって、何をしていても全て一時中断する必要がある。しかし同時に、赤ちゃんの唯一のコミュニケーションツールであり、それ自体をなくすことは母親にとってもデメリットが大きい。

 だから福本さんは、「泣き声=不安になるというフィルターを取り除く」ことを目標に定め、「赤ちゃんの泣き声を可視化できるアプリ」=「あわベビ」を作ることとした。

なぜアプリ開発にこだわったのか?

 福本さんがアプリにこだわった理由はいくつかある。

 1つ目は、プロジェクションマッピングを参考に、自分のアクションに対して現実世界が変わっていく製品を作りたかったからである。「あわベビ」では、赤ちゃんの泣き声からその子の感情を把握し、泡の形を変形して表示しているが、ヒントはここから得ているそうだ。

 「赤ちゃんが泣いちゃったときに、『どうしよう』という感情より『あのアプリを使ってみようかな』という好奇心が先にくればいいなと思ったんです。」

 泣き声が聞こえたらまずアプリをかざしてみたくなる。そうすれば赤ちゃんが何をしてほしいのかがアプリに表示されるので対処が可能となる。現実世界に対応するアプリならではのアプローチで、母親を支援できると考えた。

 2つ目は、育児においての効率的な武器を提供したかったからだ。

 例えば、試験勉強において、学生は問題集を解いたり、ある程度授業で知識を得たりしてからスタートするはずだ。急に試験問題を解いても吸収率は低く、1問にかかる負担は大きなものとなる。

 一方、子育ては誰しもが初心者で、何も武器を持たないままスタートする。その負担はとても大きく、そんなパパやママにアプリという身近かつ簡単な形で武器を身につけるための手伝いがしたかった。

 聞くだけでなく、ちゃんと目に見える形で表すことで、頭に残るし、忘れても見返すことができる安心感を届けたかったのである。

 3つ目は、ビジュアル化することで、周囲の人がそれを見てサポートすることができるからである。泡の形という誰もが分かりやすい表現にすることで、周囲も支援しやすくなる。

子育ての現場で直面した、リアルな不安

 「あわベビ」の開発の一方で、福本さんは子育て中の両親の気持ちを理解するために、1年間現場でヒアリングを行っていた。そこで感じた不安の1つが、「夜間に子どもを預ける施設がない」というものだった。

 日本では、うまく託児所が普及していない現状がある。

 ベビーシッターや保育士の人口に対する利用率は、アメリカでは50%程度であるのに対し、日本ではたった7%と少ない(参考:Rinnai【熱と暮らし配信】世界5カ国の「ワーキングママの育児事情」に関する意識調査)。日本では他人に我が子を預けるハードルが高すぎるためだ。「子どもの世話は無償でしてもらうもの」という気持ちや、「もし子どもを預けて何かあったらどうしよう」という気持ちが強いことが根底にあると考えられている。

 託児所を利用するのには抵抗がある反面、保育所は多くが17時頃に閉まってしまうため、夜間に安心して子どもを見てもらえる環境が日本には少ない。

 「ひょんなきっかけで、いわゆる夜のお店に連れて行ってもらったことがあったんです。そこで、夜の仕事をしている方々は子どもを預ける施設がなく、仕方なく子を家に残して働いていることを知りました。」

 夜の託児所の需要がとても高いことに、ここで気づいたのだ。

 そこで祝日夜間限定の託児所サービスを開始した。2022年11月3日とつい先日のことである。

 まず需要度の高い、夜の仕事をしている母親達を中心に提供し、トレンドの把握や維持費集めを行う。いずれは幅広い母親に利用してもらうような託児所を目指していくという。

 また、託児所での経験は、“母親”という役割の理解にも繋がっている。

 「実際にベビーシッターをするとすごく大変でした。ある程度ヒアリングをしたら、あとは体験が大事だと痛感しました。」

 そう福本さんは微笑んでいた。

徳島の医学生が起業に踏み切った訳

 医学生で起業をしている人はほんの一握りだ。医学の勉強や実習、部活動などで忙しいうえに、何より医学部では起業に関する知識を学ぶ機会もない。そのような環境の中、あえて起業に踏み切ったのなぜだろうか。

 「一番の理由は、徳島県内で、医療人で子育てを変えたいという人が僕しかいなかったからだと思います」

 「誰かがやっているなら自分がする必要はない」と言い切る福本さん。自分が必要な場所はどこなのか、そこに対してどう力を発揮できるのかを大切に考えている。そのための手段の一つが子育て支援のための起業であった。

 また、他の色々なタイミングも重なり、今が好機であった。

 現在6年生、来年から研修医の福本さんは、研修医中に副業することはできないが、研修医以前から行っている場合なら可能だそうだ。また、仲間のモチベーションもちょうど高い時期であったともいう。

起業家の地方医学生、“これから”は

 最後に、福本さんがどのような生き方をしたいのかを伺った。

 「医師でも臨床にこだわる必要はないとも思いますし、でも自分の性格を考えると臨床寄りかなとも思いますが…。うーん、何が起こるか分かりませんね(笑)」

 医師を志すうえで、その強みは2つあると考えている。

 1つ目は教育的な立場だ。子育て支援の教育をするにしても、ある程度のポジションがある方が、説得力が加わる。
 2つ目は誰かを助けたいときに、医師は助けられる立場にいるということだ。医師でなければこれはできない。

 ただ一方で「誰もやっていない」子育て支援に特化した活動をもっと行いたいとも思う。それが都市圏でなく徳島県となるとなおさら他にしている人は少なくなる。

 そういった葛藤の中、卒業後の人生を模索している。

 「インパクトとか名誉には興味ありません。ただ、僕が幸せにしたいと思った人を幸せにしたいのです。」

 そう笑顔で福本さんは話してくれた。

 幼い頃の体験を基に、驚くような行動力で子育て支援の道を切り開く福本さん。その根底には、「幸せに、誠実に生きたい」という謙虚さがあることに驚かされた。

 彼が、世の中の母親達がより生きやすい社会を創っていくに違いない。そう感じさせる人間性が彼には秘められていると、インタビューを通して感じるのだった。

取材・文:自治医科大学医学部6年 宮井秀彬

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