【後半は私見】トルバプタンについて【作用機序,推奨,実用性を考えた適応など】
先日,このような質問をいただきました.
「『ループ利尿は血管内脱水を引き起こす』,『SGLT2阻害薬の利尿効果は間質液は減らすが、電解質に影響を与えにくいため血管内脱水になりにくい』,『パソプレシンV2受容体拮抗薬は、水利尿薬であり細胞内・外の両方から水分を排泄するため、血管内脱水になりにくく血圧低下も少ない』
という情報を勉強しているとよく目にしますがイマイチピンときません。
また,ANP製剤やサイアザイド利尿薬、K保持性利尿薬、炭酸脱水素酵素阻害薬などでは、どのようなイメージになるのでしょうか?(一部略・改変)」
正直言って,この疑問を生んでいる原因は,そもそものトルバプタン(バソプレシンV2受容体拮抗薬)の売り文句だと思うので,今回は,トルバプタンの解説ががてら,この質問にお答えします(質問への回答は最後).
トルバプタンの作用機序
トルバプタンは水利尿薬です.
(ループ利尿薬など)従来の利尿薬はナトリウム利尿薬なので,一線を画します.
具体的には,バソプレシンV2受容体を選択的に阻害します.
バソプレシンV2受容体は,腎集合管に多く発現しており,V2受容体にバソプレシンが結合すると,アクアポリン2(AQP2)の細胞膜への発現が亢進し,電解質排泄を伴わない自由水再吸収が促進されます.
※自由水:電解質などを含まないピュアな水.いわゆる真水(まみず).
【余談】
バソプレシン受容体にはV1a,V1b,V2があります.
V1aは,血管平滑筋に多く存在し,血管収縮作用があります.
V1bは,下垂体前葉に存在し,ACTH分泌促進作用があります.
トルバプタンは,このバソプレシンV2受容体を阻害するので,自由水"のみ"の排泄が促進される薬剤なんです.
これが,水利尿薬.
トルバプタンの特徴➀:電解質排泄の促進や抑制は起きない ⇒「じゃあ,なんで高ナトリウムになる?」
二次的な要因(RAA系亢進など)によって変動する可能性はありますが,基本的に,トルバプタンが電解質排泄を促進したり抑制したりすることはありません.
水の排泄を促すだけですから.
しかし.
これは,"電解質異常が起きない"と言っているわけではないですからね?
"尿に含まれる電解質の総量は変化しない",ということです.
考えてみましょう.
水排泄が促進されて,尿量自体は増えます.
だから,相対的に体液は濃くなりますよね?
つまり,医学的に言いかえると,血漿浸透圧が高くなります.
さらに,具体的に言うと,高ナトリウム血症に向かうわけです.
ナトリウムは細胞外液の主な浸透圧物質だからです.(≫ナトリウムと浸透圧の話はこの記事でしています.)
まとめると,トルバプタンは,水排泄促進薬であり,電解質排泄を促進したり抑制したりすることはないんですが,結果として,相対的に血漿浸透圧が上昇し,高ナトリウム血症を起こします.
トルバプタンの特徴➁:アルブミン非依存性に作用
その他のナトリウム利尿薬は,アルブミンと結合した状態で腎臓に運ばれ作用します.
ゆえに,低アルブミン血症の環境では,ナトリウム利尿薬の作用が低下することは必然です.
一方,トルバプタンはアルブミン非依存性に作用するので,低アルブミン血症によって作用が減弱しにくい薬剤です.
トルバプタンの特徴➂:血管内脱水を起こしづらい,血圧低下や腎血流低下が起きにくい
トルバプタンは,他の利尿薬(ナトリウム利尿薬)に比して,血管内脱水が起きづらく,血圧低下や腎血流の低下も起きにくいとされます.
この特徴が「トルバプタンの売り文句」というイメージ.
他意はありません.
実際に,メーカーが医師にアナウンスしてくるポイントということです.
この原因として考えられているのは,(「特徴➀」で述べたように)血漿浸透圧が高くなるからです.
「え,どゆこと?」
尿量は増えるので,一時的には血管内の水分は減ります.
しかし,血漿浸透圧が高くなるので,血管外から水分を引っ張ってくる(移動してくる)んです.
特に,浮腫を来たしている症例なんかは,水は血管外にたくさんありますからね.
よって,「体液量全体としては減るけど,血管内の水分は減りづらい」という効果が期待されます.
実際に,(基本的にフロセミドとの比較で)利尿薬使用後に中心静脈圧(CVP)が下がりにくかった,血圧が下がりにくかった,腎機能が悪化しづらかった,という報告はいくつかあります.
ただ,いずれも質の高いエビデンスは得られておりません.
トルバプタンのエビデンス
■EVEREST試験(JAMA. 2007 Mar 28;297(12):1319-31.)
心不全に対するトルバプタンの有効性を検討した大規模臨床試験.
・対象:心不全悪化入院4133例
入院後48時間以内に,トルバプタン30mg vs プラセボ,とし,標準治療(ACE阻害薬やβ遮断薬など)は継続.
・結果
体重減少,症状の緩和改善作用はあり.
ただ,中央値9.9カ月の追跡で,心血管死や心不全入院率の改善はなし.
心不全急性期の症状改善や体重減少は認めたものの,入院後1年弱の期間における心血管死や心不全再入院は改善させない,という渋い結果でした.
トルバプタンの"アキレス腱"
ということで,トルバプタンは,独特な作用機序で,新しい心不全治療の鍵となることが期待され,実際に,症状改善や体重減少の効果は認められました.
しかし,圧倒的ウィークポイントとして
・生命予後などのハードアウトカムを改善させたエビデンスがない.
・薬価が高い.
という点があがります.
心不全に適応のある7.5mg錠・15mg錠の薬価は,それぞれ,1084.7円/錠・1650.1円/錠です.毎日飲む薬としては,相当高価.
・その他:”アキレス腱”と言うほどではないけど,注意点
-高ナトリウム血症のリスク:高齢者への使用は注意
-CYP3A4阻害薬(アゾール系抗真菌薬,マクロライド系抗菌薬など)と併用で血中濃度上昇
⇒これらを懸念して,添付文書では,トルバプタンの開始・再開は入院下で行うように推奨されています.(外来でトルバプタン開始は,基本的になし)
勘違いされている方がいますが,「中止後の再開も」です.
トルバプタンのガイドラインでの推奨
そんなトルバプタンのガイドラインでの推奨は以下の通り.(「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」より.)
➀急性心不全への推奨
・ループ利尿薬などの他の利尿剤で効果不十分な体液貯留(ⅡaA)
・低ナトリウム血症を伴う体液貯留(ⅡaC)
➁HFrEFへの推奨
・ループ利尿薬などの他の利尿剤で効果不十分な体液貯留(ⅡaB)
➂HFpEFへの推奨
・急性心不全入院時にトルバプタンを開始した場合,退院後も継続する(ⅡaC)
➂はちょっと置いておきます.
➀➁に関して言えることは,いずれもADH系が亢進している状態がターゲットということかな,と思います(私見.詳細後述).
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ここからは,私見を多分に含みます.
EBMや,医療経済のことを鑑みて,トルバプタンへの反対論は多いことと存じますし,争うつもりは全くありません.
しかし,私は個人的に,ADH系を抑制するユニークな作用のトルバプタンには,なんらかの予後改善効果があってほしいと期待している部分があります.
だって,「心不全を悪化させているのは神経体液性因子」ということがわかっていて,「ADH系を抑制させる薬はトルバプタンだけ」だからです.
COIはありませんが,結果的にトルバプタンの使用を推奨している先生方の意見に結構引っ張られています.
今から話す内容にコンセンサスは得られていません.
それをわかった上でご参照ください.
トルバプタンの実用的なポイント
➀血清ナトリウム<135で使用検討
これは,ガイドラインなどを見ても,低ナトリウム血症は推奨が高く,逆に,高ナトリウム血症への使用は控えるように提言されているとおりです.
これは,「高ナトリウム血症の副作用を懸念して」という理由だけではありません.
以前の記事で散々話しましたが,低ナトリウム血症とは,すなわち,ADH系の亢進です.(その亢進が,適切か不適切かは置いといて)
ADH系の亢進が疑われる場面で,ADH系の作用点を阻害するトルバプタンに有効性が見いだせることは,自然ですよね?
ちなみに,具体的に提示した「血清ナトリウム<135」というCut off値は,「血清ナトリウム≧135にトルバプタンを使用すると,高ナトリウム血症の発生が有意に多くなる」と言う報告があったからです.(スモールデータですので,あくまで参考までに.)
②Volume overloadがある症例で使用検討:浮腫や胸腹水
これは
「いや,利尿薬だから当たり前でしょ」
と思うかもしれませんが,特にトルバプタンが力を発揮するのは,ただのVolume overloadではありません.
3rdスペースの水(浮腫や胸腹水)を引きたいときです.
「特徴➂」の項でも言及しましたが,トルバプタンの使用で,一時的に血漿浸透圧が上昇するので,3rdスペースにある水は,血管内に移動してこようとします(するはず).
ゆえに,3rdスペースに大量の水分貯留を認めるような症例では,トルバプタンの使用を検討しても良いと考えます.
エビデンスはないですが,そのようにトルバプタンを使用している先生は少なくないと思います.
私個人の感覚としても,ナトリウム利尿薬よりは,血圧低下や腎機能障害が少なく,3rdスペースの水が引けるな,という印象があります.
私見です.
③ループ利尿薬が効かない or 効かなくなった(耐性化された)症例で併用検討
まず「(特に利尿効果が高い)ループ利尿薬の耐性例」を考えます.
よく言われるループ利尿薬の耐性機序には,遠位尿細管の肥大,NaCl共輸送体の活性化,RAA系の活性化が言われています.(Am J Physiol.1985 Mar;248(3 Pt 2):F374-81. )
この耐性化機序を念頭に置いた併用薬の選択が,「ループ利尿薬にサイアザイド併用」「ループ利尿薬にミネラルコルチコイド拮抗薬を併用」の考えです.
サイアザイド系利尿薬の作用点がNaCl共輸送体で,ミネラルコルチコイド拮抗薬の作用点がRAA系の末端のアルドステロン受容体ですからね.
これらの耐性機序は,いずれもループ利尿薬の作用に対する代償機構です.
そして,ADH系も同様に代償機構として亢進してしかるべきですよね.
特に,ループ利尿薬の利尿作用の重要なポイントは,腎髄質浸透圧勾配低減による水利尿です.
ゆえに,同じく集合管での水再吸収に関与するADH系を代償機構の一端としてブロックすることは,ループ利尿薬の耐性化の解除としては理にかなっているのでは?
と個人的には思います.
トルバプタンの実用する上での注意点➀:高齢者への使用
「高齢者への使用は控える」と簡単に言うことはできますが,75歳以上の,いわゆる高齢者全例にトルバプタンの使用を控えると,高齢化社会においては,ほぼ出番がなくなります.
「医療費の無駄だ」
という意見もあってしかるべきですし,真っ向から反論するつもりはないんですが,「(トルバプタンを選択肢から外したことで)再入院が増えたら,そちらの方が医療費がかかるのでは?」という意見も一応あります.
つまり,言いたいことは「再入院さえ本当に減らせたら,薬価だけを理由に使用を諦めるべきではない」ということですね.
使用を推奨している先生方は,「超高齢者(90歳以上) でも飲水可能なら3.75mgと低用量から使用する」と言います.
実際に,私は以前勤めていた病院で,1年間の心不全入院患者さんへのトルバプタン(TLV)使用率を調査したことがあり,結果は以下の通り.
比較的年齢層問わずトルバプタンを使用しています.
もちろん,中には,高ナトリウム血症や脱水を呈して中止になった症例が数例ありましたが,入院下で開始するので,副作用が出ればすぐに中止ができます.少なくともこの1年間の集計で,トルバプタンによる致命的なトラブルになった症例はありませんでした.
トルバプタンの実用する上での注意点➁:飲水制限
トルバプタンは水利尿薬なので,飲水制限をすると,高ナトリウム血症のリスクが高くなります.
なぜなら,ADH系に拮抗するナトリウム調節系は,「口渇」だからです.
(≫ナトリウムの調節系の話はこの記事でしています.)
ただ,完全に飲水をフリーにしてしまうと,心機能悪い患者さんなどは,さすがに心不全が増悪しかねません.
明確な規定はありませんが,飲水制限は”緩和する”程度にしましょう.
参考として言われるのは,「1日尿量-500mlの飲水制限」などです.(1日尿量2000mlなら,飲水は1500ml/日 とか)
また,最低1000ml/dayは飲んでもらうようにした方がいいです.
人によっては,全然水を飲まない人,いますからね.
まとめ
今回は私見が多くなりすいませんでした.
というのも,コンセンサスが得られている部分だけだと,話すことないんですよね,トルバプタン笑
今回(後半で)話した内容は,ほぼ私見ですし,興味のない方は冷ややかに思っていただいていいんですが,でも
ADH系を抑制する,ってやっぱり,ワクワクしません?
心不全のことを考えると,神経体液性因子の異常亢進が,本当に憎くなるんです←
トルバプタンファンとして,ハードアウトカムの改善エビデンスが出てくることを今後も期待します.
繰り返しますが,COIはありません.
本日もお疲れ様でした.
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【冒頭の質問への回答】血管内脱水にならない利尿薬?
ループ利尿薬はじめ,ナトリウム利尿薬は全て血管内脱水を起こしうります.程度の問題だと思っています.
ループ利尿薬が最も利尿効果の強い利尿薬だから,血管脱水が意識されやすいだけです.
サイアザイド系利尿薬は利尿効果はそこそこありますが,ループ利尿薬には及ばないことと,利尿効果の上限,すなわち増量しても利尿効果がすぐ頭打ちになってしまうので,血管内脱水が意識されにくいのかもしれません.
K保持性利尿薬は利尿効果がもっと少なく,炭酸脱水素酵素阻害薬はほぼ利尿効果はないと考えて問題ありません.ゆえに血管内脱水は意識されにくいです.
トルバプタンは,本記事(特に「特徴➂」)で話した通り,血管内脱水を起こしにくいとされ,それに伴い,血圧低下や腎血流の低下が少ない,と(期待も込めて)されています.
全くないわけないですけどね.
極論,これも程度の問題です.
カルペリチドは,血管内脱水を起こします.あくまでナトリウム利尿薬ですからね.というか,むしろ,色んな作用が相まって,血圧が下がりやすい薬剤です.
血管内脱水を嫌う症例で,あえてカルペリチドを選択することは,滅多にないでしょう.
(≫カルペリチドに関する解説記事はこちら.)
SGLT2阻害薬は考え方が難しいです.
メーカー(製薬会社)は,「利尿効果は1ヶ月ほど使用するとなくなる」といっています.これは,近位尿細管のSGLT2を阻害しても,その遠位にあるSGLT1や,ヘンレのループ上行脚のNa-K-2Cl共輸送体や,遠位尿細管のNaCl共輸送体などのナトリウム再吸収が亢進するので,ほぼナトリウム利尿効果はなくなるとしているからです.
利尿効果を期待して質問している医師にも,このような返答なので,(薬を売る立場として利益がないので)本心から「利尿効果はない」と判断しているはずです.
私個人としては,尿糖による浸透圧利尿効果がある気がするのですが,動物実験レベルでは浸透圧利尿効果は認めらないことが確認されているようです.
よって,SGLT2阻害薬は,導入期を除けば,血管内脱水はおろか,そもそも利尿効果を期待しない(期待すべきでない),というのが,現状のコンセンサスです.
(導入期は,代償機構が整うまでは利尿効果があるので,この時期の脱水に気をつける.)
質問への答えは以上になります.
お疲れ様でした.
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