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易疲労性という発達障害のある人がなりやすい特性について

通常より疲れやすいこと、すぐに疲れてしまうことを、易疲労性(いひろうせい)というそうです(easy fatigability)。 

脳の機能低下や損傷など、高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)の症状をもっている方は、通常よりもエネルギーの消耗が激しく、五感の使い方などにも特徴があるため、易疲労性があるそうです。
脳機能が以前とは違うために、その欠けを補うのに労力使ってるわけですから、大人なら「そりゃそうだよね。わかる!」となりますよね。

この他にも、うつ病などの精神疾患のある人や、貧血や甲状腺の病気や、その他にも何かしらの病気のある人などは、普通の人よりも疲れやすいそうです。
こっちもなんとなくですが容易に想像はできます。

ですが、発達に凸凹のある人(発達障害の特性のある人)や、女性ホルモンバランスが崩れているときなども易疲労性があるといいます。

これは、上記の病気とは違って、わかりづらくないですか?
ぱっとみ、発達障害の人って一般的な人と同じに見えちゃうし、女性ホルモンの崩れもバイオリズムとかあっても、いつも、常にじゃない分、「サボってない?」「怠けてない?」と思われがちではないでしょうか?

発達障害のある人は、「普通」が疲れます

たとえば…
同級生は「普通」にやっているみたいなのに、「私だけすぐに疲れる…」とか、「いつもうちの子だけ最後までやりきれない…」「あの子だけなんで…」みたいなことないですか? 気力がないんじゃない? 怠けているんじゃない? 
こういったことは、ありませんか?

でもでも、それって、「普通」が難しい脳機能ゆえの疲れやすさ です。だから、その子が著しく怠けているとか、出来が悪い、ということでは決してないんです。
私は、このことを知って、とても救われた一人です。

うちの娘は、幼稚園から帰ると毎日のようにちょっとしたことで癇癪を起し、大泣き&大暴れをして泣き寝入りしていました。小学校中学年ころからは「疲れた」といって夕方から朝まで寝てしまったり、不登校をしていた中高生時代は16時間睡眠を数か月間続けていたことがあります。本人曰く「疲れて起きていられない」と当時は言っていました。

また、私自身も、人と同じように毎日の生活ができないことを、「自分の疲れやすさが原因」だと思っていたので、疲れてしまう自分を許せずに、ずっと自責していました。

でも…です。

「ブレインジムを継続してたら、ある時から朝起きるのが辛くなくなってる!」という経験や、夫と別居して環境が変わったとき、トラウマ治療が完了した後、植物性ミネラルで体調が整いだしてから…などなど、ストレスが減ることや、主体的に脳や体を整えることで、自分の疲れやすさが好転していったことで、「易疲労性って特性だったのか」という実感を重ねていきました。

疲れやすさが改善していく度に、「怠けているからじゃないんだ!」ということが腑に落ちていきました。理屈だけなく、「こういうことなんだな…」を体感できたのです。すると、許せなかった疲れやすさに対して、「そりゃしかたないよ」という受容ができるようになったのです。

そして、
無理して頑張ることが、どれだけ無駄で悪循環しか生まなかった
ことを、しみじみと理解することができました。

つまり、私の場合は、高次機能障害の方と逆の方向で、心身の調子が整う体感をすることで、自分の「易疲労性」を自覚したのです。さらに、この納得ができると、疲れやすさを訴える家族に感じていたイライラなどがどんどんなくなっていきました。

私やわが子たちだけではなく、「発達障害の特性」が色濃くある人たちは、おおむね「普通はこうするでしょ」「普通だったできるでしょ」など、人と同じことをしようとすると「疲れてしまう」のだと思います。

発達障害の特性であったり、二次的な障害によるものだったり…と原因や理由は異なりますが、社会との不適応がある人は、ストレスも多いため、「易疲労性」を持っていると思います。

発達障害の方が疲れやすい原因

「特性」が原因で疲れてしまうのですが、その特性の出方が人ぞれぞれなので、十人十色、千差万別なのだとは思いますが、一般的に考えれるのは

・わからないことが多い
・不安が多い
・考えている間に状況が変化している
・感覚刺激が多い(感覚が過敏)
・思っていることがうまく出力できない
・多動や注意散漫
・とても不器用 
・睡眠がうまく取れない

などなどの状況が起きているのに、それを何とかしようとしたり、「普通」の人と同じようにしようとして頑張って、ストレス過多になっているため疲れるのだそうです。
そして、疲れていると、脳も体もうまく働かなくなるので、さらなる「疲れ」を生み出す悪循環に入ってしまいます。

私自身は、「わからない」が普通の人よりも多い気がします。
音・光・触覚・臭覚が過敏であり、頭が多動なのでいろいんなことに興味関心がパンパン移ってしまったりするので、起きてるだけで頭の中がめちゃくちゃ忙しいがゆえに疲れるのだと思います。

脳が疲れてると、心身も疲れていく

「易疲労性」についての説明と、「発達障害と易疲労性」の共通点は、鈴木大介さんというライターさんの記事がとてもわかりやすいので、ご紹介します。

鈴木さんは、「されど愛しきお妻様という本を書かれた方です。こちらは、発達障害のある奥様と、41歳で脳梗塞で倒れたことで高次脳機能障をもつご自身との暮らしを書かれたもです。

この方、幸いにも血圧や血液の状態などを改善維持すれば再発リスクはそれほど高くないといわれたそうですが、鈴木さんには、左半身に軽度のマヒと、構音障害(呂律障害)、高次脳機能障害(以下「高次脳」)という聞きなれない後遺障害が残りました。

本やエッセイを読むと、「以前はなんでことなくできていたことに、いちいち時間はかかるし、すごく疲れる」というお話が書かれていています。

いまから引用する
「42歳「脳が壊れた」ルポライターのその後〜私が障害を受容するまで」を読むと、「高次脳ってまじで大変やな!」を知ることができると思います。が、この人のお人柄&文章力で、とてもカラり…と書かれているので、とても読みやすいです。

そして、ここでご紹介したいのは、脳梗塞による障害で困っている自分と、発達特性により「困ってきたお妻様」と今の自分に共通点をみつけた…という奥様との会話文の引用です。

「「ようやくあたしの気持ちがわかったか」これは妻が入院中の僕に投げかけた言葉だ。」

高次脳になった僕が、感情のコントロールが効かず、うまく話すことができず、世の中の動きが速すぎて自分だけがスローモーションの世界に叩き込まれたような猛烈な苦しさに翻弄される中、「これって俺が取材してきた『困った人たち』を同じかも知れない」と一番最初に告げたのが、妻だった。そんな僕に妻の返した言葉が、これ。
**中略**
病気になり、後遺障害を抱えて生きていくということは、以前とは違う自分になって生きていかなければならないということ。そして受容に立ちはだかるのは、病前の「やれた自分」というセルフイメージと、病後の「やれなくなった自分」とのギャップだ。

俺はもっとやれたはず。こんなに使えない人間じゃなかったはず。こんなに駄目な自分は自分じゃない。セルフイメージが高い者ほど、そのギャップを受容できずに苦しむことになる。

だがこれを子ども時代から困った人当事者であった妻に置き換えると、そもそも妻には「かつてのやれた自分」という病前のセルフイメージなんてものは存在しない。子どものころから「やればできるのにやらない」と責められ、やれない自分と折り合いをつけ、折り合いがつかない苦しさにリストカッターになり、それでも生き抜いてきた。
「ねえ、何でも自分でやるっていうのは、自立じゃなくて孤立だって言うでしょ? あなたの場合はいずれ回復するかもしれないんだから、やれないことはもっと周りに頼れよ」
できないことはしょうがない。逆にできることを緻密に真剣にやればいいし、できないことは人にやらせるという男前な女王様体質が、妻の受容のスタイルだ。周囲からすれば結構迷惑だが、生き抜く上で理にかなってはいる。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50288?page=2

「自分のことは自分でやる」という「普通」を手放すために必要だったのは

「やれないことは人に頼る」
このシンプルなことを、私ができるようになったのは、40歳を過ぎたころから…でした。

それまでは、「人様に迷惑をかけてはいけない」「自分のことは自分でやって当然」といった価値観が根深く刷り込まれていたため、そもそも人にSOSを出すことや、人に期待することがありませんでした。
加えて、20年以上共に生活したASDがある元夫は「できないこと、やりたくないことはしない」という態度を貫いていましたから、家のことや子どものことは私がなんとかしなきゃ病になっていたのです。

私自身も発達障害の特性がモリモリであるのに、家事も3人の子どもの育児も、地域のことも、全部、自分でやってしまいました。おまけに、ほぼフルタイムで仕事もしていましたので、ヘロヘロになりながら生活していました。
こんな家では、子どもの心は荒れますし、不具合が多発しまふし、自分の精神も限界になっていました。

NLPの資格をとったり、ブレインジムのインストラクターになっていましたが、その当時は、どんなに勉強したって、焼け石に水、穴のあいたバケツのように、効果は一時的なのかも…と考えていました。

そんな日々に、限界がやってきたのです。
子どもたちの主治医、心療内科の先生の前で、「もうできへん!」「もうだめだ!」と、ある時に号泣しました。いい年したおばさんが、子どもと主治医の前で、わんわん泣いたのです。なんとも恥ずかしい限りです。

ただ、この時、涙と共に、私は自分の一人でなんとかしなきゃ…を少し手放したようです。この頃から、いろいろなことの変化が加速しはじめました。
自分一人ではどうにもならない状況まで追い込まれたからこそ、身近な人に「人にSOS」を出せるようになったように思います。

また、「人にSOS」を出すことで、自分の力の限界を受容していったのだと思います。

主治医によるトラウマの治療がはじまったことと、↑の鈴木さんの記事を読んだ時期が同時期だったようにも思いますが、「自分にできないことは、できないことなのだから仕方ない」「できないことがあるのが人間だから」と、今となっては当たり前のことを、芯から受容したのだと思うのです。

その「自分にはできないこと」が、私の場合は、「普通の人と同じように働くことが難しい」ことや、「自分の疲れやすさ、易疲労性」を受容することだったと思います。

いろいろな人にSOSを出せるようになり、自分の限界を知ったらこそ、今の環境を手に入れました。今は、私や子どもを心理的に脅かす人がいない環境の中で、穏やかに暮らしています。

働ける時間も世の中の多くの人よりもかなり少ないですし、自営業という仕事の形態を選択しています。時間的にも心にも余裕はあります。
しかし、お金に余裕はまったくないです。これは自分の選択の結果ですから、これも受け入れています(もう少しすると状況も変わると思っているので、またこれは別の時にでも書いてみます)。

働く時間を短くしているため「仕事が終わらない」と思うことも多々ありますが、注意散漫がある反面、過集中にも傾いたりするので、毎日はできなくても短期集中することも可能なので、本当に必要なことはおおむねできていると思います。

こうした時間の余裕を持つことを安定するために、私は自分に、「私は人よりできることが少ない分、長生きするからいいもんね!」と、日々、言い聞かせています。
本気で94歳まで生涯現役で働き続ける!と決めていますが、少し気を抜くと昔の価値観に引き摺られてしまいます。
「私これでいいのか?」と思ってしまったり、「みんなは…」と比べてしまいそうになります。ですから、そうならないために、94歳まで生涯現役!と繰り返して言い聞かせをします。

「みんなと同じじゃなくていいよ」
人生の後半をつかうことになったって、のんびりのんびり歩みを進めたって、長く生きる分、経験豊かな人生を送るもんね!」と思うことで、私は普通が難しい自分と折り合いがつきました。

すると、この野望を実現するために、疲れやすい自分と上手に付き合っていく環境調整や、身体のセルフケアがスムーズに行えるようになっていったのです。

まとめ

こうしたことの土台にあるのが、自分の「易疲労性」をはじめとした特性受容の深度を深めていくことであり、「普通」をするのがしんどい人は「普通」を手放すこと、につきると考えます。

できる人と同じに考えないいい。あなたはあなたのペースでいいんです!と、似たような疲れ感や発達特性を持つ方に伝えたいのです。

・学校にいくことで疲れきってしまう子には、「普通の学校生活」は適している学び方じゃないのかもしれません。
・教室で同じ授業を受けるのがつらい子は、適した学び方を模索したっていいんです!
・「みんなが部活してるのに」「バイトだってしてるんだから」という、高校生の「普通」ができない子だっています。

大人だってそうです。
いろんな「普通」ができない人がいます。

その「普通」ができなくたって、その人にはその人だからできることや、得意とする何かが優れているのだと思います。ですから、普通であることよりも、その人の強いを生かして、「幸せ」な生活ができるように対応することの方が大事にしたらいいんじゃね?と思うのです。

どうしても「普通」が必要なことは、生活に困らないように環境調整・環境設定すればいいんですから。

しつこく書きますが、その環境調整をしていくためには、まずは自己理解であり、その先に特性受容があるように思います。

「疲れやすいこと」ってあまり重要視されないかもしれませんが、疲れやすい人や、ストレス過多の人には、根深いコンプレックスになっているかもしれません。
しかし、環境設定ができると、生活の好循環が生じてきます。

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「易疲労性」を自覚している人は「あなたが怠けているせいでも、やる気がないわけでもないので」、今まで以上に、ご自分を労わって、愛しんでいただきたいと切に願っています。

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