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事業会社が考えるべき「戦略的リターン」とは|前編

スタートアップと事業会社の連携というものは、そう容易なものではありません。本記事では、事業会社がいかにスタートアップ連携・投資を通じて戦略的リターンを得ていくかというテーマを掲げ、事業会社の視点に立ちながらスタートアップとどのような関係性を結ぶべきか紐解いていきます。

※本記事は、DNX Ventures主催で行われたセミナーの登壇内容を抜粋し、記事化したものです。

事業会社とスタートアップがオープンイノベーションを通じて成長することの重要性

一産業を揺るがしかねないプロダクトを生み出すポテンシャルとスピード感のあるスタートアップは、事業会社にとってもはや無視できない存在です。このスタートアップと対峙する道を選ぶのか、あるいは協業して共に伸びる道を選ぶのかは、事業会社にとって分かれ道となるでしょう。オープンイノベーションは、スタートアップの力をうまく取り込みつつ、事業会社側も成長していくための取り組み方のひとつです。

スタートアップと事業会社はどのような関係を結ぶべきであるかを、米国の大手企業の取り組みを例に説明していきます。MicrosoftやGoogle、Salesforceといった企業は、いずれも自社の競争力を維持するためにCVCの活動を強化し、スタートアップのイノベーションを取り込もうとする動きが顕著です。


昨今のAIトレンドのなかで『ChatGPT』が高い注目を集めていますが、その背景にはOpenAIへの投資を積極的に行ったMicrosoftの存在があります。Microsoftは2019年から自社の事業とのシナジーやプロダクトの精度を確認しながら、OpenAIに対して定期的かつ大規模な投資を実施し、現在では過半数の株式を保有するまでになっています。

現在、Microsoftの既存事業であるAzureやBingなどのあらゆるサービスには、OpenAIのアプリケーションが組み込まれ始めています。これは大企業が投資を通じて戦略的リターンを確保しつつ、財務的なリターンも得られた好事例と言えるでしょう。

このように、事業会社が戦略的・財務的なリターンを得るための手段としてオープンイノベーションという座組を活用しつつ、スタートアップとの協業を成功させていくことのヒントを、本記事で解説していきます。

戦略的リターンに内包される3つのイノベーション

先ほどからキーワードとして出している“戦略的リターン”とは具体的にどういうことを指すのかについて理解を深めるために、戦略的リターンの要素を分解して見ていきましょう。スタートアップへの投資を通じて得られる戦略的リターンは、「テクノロジー・イノベーション」「ビジネス・イノベーション」「ピープル・イノベーション」の3つに分けられます。

まず「テクノロジー・イノベーション」についてです。昨今の市場において一企業が存在感を示すためには、技術的な優位性を持つことが極めて重要です。もちろん業界・業態にもよってその濃淡はありますが、技術的な優位性が競争力に直結することは、多くの企業に共通していると思います。そして、多くの技術的なイノベーションが、大企業の研究開発部門以外で生まれている事実を鑑みれば、大企業はスタートアップを中心とする技術的なイノベーションにアクセスするべきだと判断できます。

次の「ビジネス・イノベーション」については、新市場に挑戦する契機としてスタートアップの力が役立つことを示しています。企業が成長し続け、事業を拡大し続けるためには、既存事業を伸ばすことはもちろん、新市場も開拓していく必要があります。スタートアップはそういった市場開拓や新規ビジネスの創造性に長けていることが多いので、彼らと協業することが事業会社側のビジネスを促進することにもつながります。

最後の「ピープル・イノベーション」は軽視されがちですが、じつは極めて重要です。先ほど挙げたテクノロジーやビジネスの伸長を支えるのは「人」です。例えば、スタートアップへの理解やオープンイノベーションの考えが社員に浸透していない状態で先に述べたようなイノベーションを推し進めようとしても、それはなかなか実現できません。長期的なスパンで市場を見据える力や、イノベーションへの耐性を持った社員を育て、企業文化そのものもアップデートしていかなければ、取り組み自体が中途半端になってしまうでしょう。

では、それぞれのイノベーションがもたらす具体的な要素についても見ていきましょう。

まず、「テクノロジー・イノベーション」には共同開発やライセンシング、新たな技術の獲得といった要素が挙げられます。また「ビジネス・テクノロジー」については、先に述べたような新市場開拓や新規事業創出といった側面に加え、既存事業における新市場展開や価値の創出といった発展も見込めるでしょう。さらに、これらふたつのイノベーションに伴い、自社エコシステムの拡大や、企業力を高めることに資する情報の収集といった部分でも良い効果が得られるはずです。

「ピープル・イノベーション」に関しては、経営陣の意識改革につながる啓蒙、新規人財の獲得といった人に対するアプローチと変化が期待できます。社内のスタートアップ化が進むことも挙げられます。こういった人材開発や企業文化の改革に、先に述べたふたつのイノベーションと同時に取り組んでいくことが、戦略的リターンを得られる構造をつくるうえで極めて重要です。

スタートアップと歩んでいく4つのステップと戦略的リターンを最大化させるためのポイント

さて、3つの戦略的リターンを念頭に置きつつ、それらの戦略的リターンをどのように最大化させていくか考えていきましょう。スタートアップと出会いから戦略的リターンを求めていくまでのプロセスは、4つのステップがあります。

はじめは「Discovery(スタートアップとの出合い)」です。事業会社の皆さんは、自社と同領域のスタートアップを探すことに集中しがちですが、そこだけにとどまらず、隣接する領域や僻地的な分野も含め、広くスタートアップを探していくことが重要です。

ふだん自社でフォーカスしていない領域で発生しているイノベーションがうまく取り入れられるケースもありますし、意外な連携ポイントを見出せることもありますので、固定概念にとらわれず、広い視野でスタートアップを探索すると良いでしょう。

また、このファーストステップにおいては、「選ばれる事業会社であろう」とする姿勢を心がけることが重要です。というのも、たとえ日本国内では大企業であっても、シリコンバレーのスタートアップにはそれほど認知されていないケースも珍しくありません。いわゆる“大企業”らしいふるまいでコミュニケーションを取ってしまうと、スタートアップ側と友好な関係を築くことが難しくなります。事業会社側が選ぶという感覚だけでなく、スタートアップに選ばれ、対等な関係を築くという感覚も持つようにしましょう。

次のステップが「PoC(実証実験・検証)」です。実証実験を通じ、技術やビジネス性の検証を行い、自社が想定するユースケースやビジョンとの親和性を確認するのがこのステップです。プロダクトそのものもはっきりとしないシード期のスタートアップに対し、事業会社の皆さんはそのフェーズから連携する必然性はないと考えるかもしれませんが、じつはそうとも言いきれません。プロダクトやサービスを一緒につくりあげていく、いわば“デザイン・パートナー”としての立ち位置を獲得できるのは、シード期ならではの強みです。このステップから連携することで、早期から自社のビジョンやフィードバックを共有することが、双方にとってより良いプロダクト開発につながっていきます。

そして次が「Partnership/Integration(事業展開)」です。国内での事業展開や、自社のプロダクトへの技術の組み込みなどを実際に行っていきます。

最後のステップは「Acquisition(買収)」です。オープンイノベーションを通じて企業価値を高めていくというゴールを考えれば、最終的にはM&Aを通じてイノベーションの内部化までやりきることが戦略的リターンに直結します。技術力や事業、人材を獲得することで、即時的な効果を期待することができるでしょう。ただし、反面ではPMIや人材維持といった課題もあり、連携するスタートアップのフェーズによって規模やその難度の差があることも念頭に置いておく必要があります。

戦略的リターンの視点を持ち、スタートアップと適切な関係性を築く

事業会社がスタートアップとオープンイノベーションを通じて、最終的に企業価値を高めていくためには、「戦略的リターン」を具体的に理解し、それを最大化させるためのステップを踏んでいくことが重要です。スタートアップと連携することで、事業会社は先端的かつ高い技術力、あるいは新市場の開拓や事業創出、企業文化のアップデートといったリターンを期待することができます。それらを最大化させるためには、幅広い視野で連携するスタートアップを検討し、プロダクト開発の初期から連携を強め、最終的にはM&Aによる内部化まで視野に入れていくと良いでしょう。

後編では、事業会社がスタートアップとの連携する手段や、オープンイノベーションにおけるKPI設定のポイントを解説します。より具体的なスタートアップとの連携のイメージをつかみたい方は、ぜひ後編も読んでみてください。

(DNX for Corporates 編集部 執筆・宿木雪樹、編集・野村佳美)


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