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高砂市探訪!2022

山陽電車高砂駅を南に下っていき

工楽松右衛門旧宅
高砂神社

に行ってきました。高砂市と言えば「高砂神社」。「たかさごや~浦舟に帆をあげて~」で知られる世阿弥の謡曲『高砂』発祥の地ということでトップの写真が高砂神社です。

この神社の印象としては「松」です。くにゃくにゃ曲がった松がたくさんありました。


天然記念物となっているようです。

境内の相生の松は雌雄一体の珍しい形で、その昔、一本の根から雌雄の幹が左右に分かれた松が生えたそうです。ある日「尉と姥(じょうとば)」に姿を変えた伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二神が現れ、「我は今より神霊をこの木に宿し、世に夫婦の道を示さん」と夫婦のあり方を説きました。

これからこの木は相生の霊松と呼ばれ、この松の前で結婚式を挙げるようになり、縁結びと夫婦和合の象徴として信仰するようになりました。高砂神社は庶民の結婚式の発祥の地でもあります。

今ある松は5代目。天然記念物に指定された3代目の松は、すぐそばにある相生古霊松舎で、その太い幹を見ることができます。

https://www.travel.co.jp/guide/article/30858/

その近くにある

工楽松右衛門旧宅

ですが、高砂が港町であることを初めて知りました。

北前船は、北海道と大阪の間を瀬戸内海、日本海経由で交易をしながら 行き来し各地に繁栄をもたらしました。
日本海や瀬戸内海沿岸には、山を風景の一部に取り込む港町が点々とみられます。そこには、港に通じる小路が随所に走り、通りには広大な商家や豪壮な船主屋敷が建っています。また、社寺には奉納された船の絵馬や模型が残り、京など遠方に起源がある祭礼が行われ節回しの似た民謡が唄われています。
これらの港町は、荒波を越え、動く総合商社として巨万の富を生み、各地に繁栄をもたらした北前船の寄港地・船主集落で、時を重ねて彩られた異空間として今も人々を惹きつけてやみません。

https://www.takasago-tavb.com/sightseeing/takasago/

立派なお屋敷に

日本の帆布製造の始祖として知られる初代工楽松右衛門は、高砂町東宮町に生まれ、江戸時代に、海運業や港湾改修などをおこない、航海に革命的進歩をもたらした「松右衛門帆」の生みの親

いろんな資料が展示してありました。

高砂市の印象が変わるぶらり散歩でした。

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