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それぞれの家族のかたちは、こんなにも微笑ましいものか

「家族論」のような理論を語るよりも、実在するリアルな家族を観察するほうが、より真実に近い「何か」が見えてくるような気がします。
海外の家族は、けっこう普通にぶっ飛んでいます。
通算 16年の海外生活の中で、私が出会ったいくつかの家族のかたちを紹介したいと思います。
日本人の常識からかけ離れていて参考にならない、と思われるかもしれません。
でも、かけ離れているからこそ、新たに気づくこともあるのではないか、と期待しつつ。

ドイツ人 28歳 男 / 事実婚 / 子持ち

1つめのケースは 2006年のことなので、もう 15年も前の話になります。
当時、私はドイツにある工場で働いていました。
仲の良い同僚にカーステンというメチャメチャ性格の良いドイツ人がおりました。クソがつくくらいマジメでいい奴。ある意味で、絵に描いたようなドイツの好青年でした。(顔はハリーポッターの主人公似だったけど)

そんなカーステンには 5歳の男の子がいて、3歳年上のガールフレンドと子供の 3人暮らしだと聞きました。
最初、私は意味がわかりませんでした。
彼女の連れ子?
いいえ、正真正銘カーステンとそのガールフレンドの子供です。
しかし、ふたりは結婚していないのです。

当時のドイツでは、法律上の手続きをしない夫婦、いわゆる事実婚が全体の 10%~20%を占めると言われていました。
15年前ですよ?

正確に言うと、結婚には 2つの手続きがあって、

1) 教会で結婚式を挙げる(⇒ 神父の承認を得る)
2) 市役所に婚姻届を出す(⇒ 市長の承認を得る)

1) はしたけど 2) はしていない、ということです。

ドイツ南部の田舎町のことですから、地元民はほとんどがカトリックです。彼らにとっては、市長より神父のが重要なんでしょうね。
でも 2) をしていないので、法律的に結婚していないことは間違いない。

カーステンの彼女(事実婚の相手)は、カリンという同じ工場の別の部署の社員で、私もよく知っている人でした。

あるとき、思いきってカーステンに訊いてみました。

私「なんでカリンと結婚しないの?」
カーステン「じゃあ聞くけど、君はなぜ結婚するの?

そうきたか。

当時すでにバツ1で再婚していた私は、その問いに答えられなかった。

私「えーと・・・カリンのこと好きなんだよね?」
カーステン「好きだよ。でも、結婚すべき相手かどうかはまだわからない」

はあ? 子供まで作っといてなに言うてんねん。

私「いつわかるの? てゆーか、結婚すべき相手って誰?」
カーステン「いつかボクが死んだときに、資産を残したいと思える人」

彼にとって法律婚とは、自分が死んだときの遺産相続人という位置づけなのです。

カリンに残したれや!
と思いましたが。

カリンと話したことも憶えています。

私「カーステンに籍入れてもらったほうがいいんじゃない?」
カリン「たしかに、市長の祝福はまだ受けてないよ(笑) でも、いいんだ。神父の前で誓っているからね

イギリス人 43歳 女 / ダンナは主夫 / コロンビア人の養女3人

次は、スイスの本社で私の直属の上司だったヘレンという人です。
ヘレンのことは、以前の記事に書いたことがあります。

ヘレンは、ACCA(英国公認会計士)の資格をもつ本社の VP (Vice President) で、まぶしいくらいのエリートでした。
15歳年上のご主人はオランダ人で、ロイヤル・ダッチ・シェルで原油タンカーの船長まで務めた、こちらもまばゆいばかりのエリートですね。

最初にヘレンと出会った頃は子供がおらず、ご主人はオランダにひとりで住み、ヘレンはスイスで単身赴任していました。単身赴任は日本企業特有の慣習なので、ヨーロッパでは珍しいケースですね。
ご主人はすでに船長を引退し、悠々自適な隠居生活を送っていたのですが、大型のラブラドールを 2匹飼っていたので、ヘレンがスイスに赴任する際、ご主人は犬の面倒を見るためにオランダに残ったのでした。

シェルのタンカーの船長が犬の世話って。
いろんな意味で、型破りな夫婦でした。

ある日、唐突にヘレンが「話がある」と言って私をオフィスに呼びました。

ヘレン「じつは、養子をとることにした」
私「は?」
ヘレン「コロンビア人の 4歳と 7歳の姉妹で」
私「はあ??」
ヘレン「だから、オランダに帰ることにした」
私「ちょ、おま・・・」

あなたは、私よりコロンビア人の女の子のほうが大切なの!?

とは私も言いません。

どうやら、国際的な養子縁組のために養子と養親をマッチングする謎の機関があるらしいのです。
子供のいないエリート夫婦は、ずっと養子を欲しがっていたんですね。

ヘレンは、このままいけば本社の役員になる可能性のある人でした。
しかし、養女たちと一緒に暮らすために、彼女はあっさりと出世の道を捨てました。

スペイン語しか話せないコロンビアの姉妹を、オランダの学校に通わせながら、イギリス人の養母とオランダ人の養父が育てる。
この姉妹は何ヵ国語話せるようになるのだろうか。
そして、どんなエリートに育てられるのだろうか。

数年後、ヘレンはその姉妹のさらにお姉さん(3姉妹だったらしい)も養子にしました。最初の 2姉妹とうまくやっている実績が、謎の機関に認められたのでしょうね。

ヘレンは今もオランダ支社でバリバリ働きながら、良い母親もやっています。
ご主人は犬の世話に加えて主夫業に専念し、3人のコロンビア姉妹は厳しくもやさしい養父母とともに幸せに暮らしているそうな。

ドイツ人 52歳 女 / 社長 / 秘密婚 / 相手は親会社の役員

ドイツにある子会社の女社長、ガブリエラ。
彼女も以前の記事に書いた人です。

👆の記事の一部を 3行で要約します。

◎ガブリエラが社長を務めるドイツの子会社に監査に入ったときのこと
◎監査で問題は発見されずも、最後のディナーでガブリエラの口がすべる
◎彼女のダンナは、スイス本社の役員で彼女の直属の上司だったことが判明

ガブリエラとヨーク(👈本社の上級副社長)の個人的な関係は「利益相反」(conflict of interest)という重大なコンプライアンス違反でした。
結婚するのは自由。でも、結婚したら上司・部下の関係は解消しなければなりません。

しかし、このふたりは内縁関係なので、証拠不十分のため不起訴としました。
ガブリエラも自分がやっていることのヤバさを当然知っているので、確信犯的に法律婚を避けている(しかも関係を極秘にしている)わけです。

ドイツでの監査から帰ってきて・・・
当時上司だったヘレンにはそのことを報告しました。
ヘレンは険しい顔で何やら考え込んでいましたが、やがて口を開きました。

ヘレン「証拠はつかんだの?」
私「証拠なんか残すわけないやん。秘密の内縁関係なんだから」
ヘレン「報告書に載せるなら、証明するものが必要ね」
私「証言はある。ガブリエラは、はっきり『ヨーク』と言った。彼女がパートナーについて語ったすべての特徴が ❝あのヨーク❞ に一致する」
ヘレン「酔っ払いの戯言だったんじゃない?」
そう言って、ヘレンはウィンクしました。

ふふっ。
ふっふっふ・・・
はっはっはっは!
いつのまにか、私たちは大笑いしていました。

ガブリエラのやっていることは、会社的にも社会的にもマズいことです。
でも、どう見てもお似合いの熟年夫婦であるふたりを思い浮かべながら、私には「微笑ましい」と言う以外の言葉が見つかりませんでした。

香港人 35歳 女 / 夫婦共働き / 子供3人 / メイド4人

最後は現在進行形の話になります。
香港人女性のアグネスは、うちのご近所さんで、私の妻のお友達です。

私たちの世代が「アグネス」と聞けば、100人中100人がアグネス・チャンを連想しますよね。(もう少し上の世代は、アグネス・ラムになるらしいけど)
で、アグネス・チャンと言えば、仕事場に乳児を同伴して、世間の批判を浴びたことがありましたよね。撮影の合間に授乳して世の女性たちからバッシングを受けるなんて、いやはや隔世の感がありますな・・・

え? 覚えてない? てゆーかまだ生まれてなかったって?
今ググってみたら、1987年のことでした

さて、気をとりなおして・・・
香港では、夫婦の共働き率が 100%に近いんじゃないか?と思えるくらい、女性は結婚しても出産しても普通に仕事を続けます。
家賃が高すぎるなどの事情でそうせざるを得ない面もありますが、英語と中国語が話せる高学歴の女性が多いのと、香港がアジアのハブとしてグローバル企業の重要拠点となっている(つまり、給料のいい外資系企業が多い)ことも大きな要因です。

香港の平均的な家庭では、住み込みのメイドを雇うことが常識です。
メイドは、香港の労働人口の 10%を占めるそうです。
あの秋葉原でも 10%はいないでしょう。いや、そういうメイドを想像してはいけません。

アグネスは某大手金融機関で働いています。香港ではごく普通の共働き家庭です。
アグネスの家には、7歳の子をかしらに 3人の子供がいて、4人のメイドが同居しています。それぞれの子供に1人ずつシッターがいて、プラス 1人が家事担当なのでしょう。

私はそのことを知ったとき、あまりいい気分がしませんでした。
我が子の世話を他人任せにしているのは、親としてどうなのよと思ったし、さすがに 4人は雇いすぎだろと。アグネス・チャンの子育てを見習えよと。
そういう世界に慣れていない私は、古代ローマの奴隷制のようなものを連想してしまったんですよ。(👈古代ローマにも慣れていないけど)

ところが、先日初めてアグネスのお宅に招待されたとき、その考えはガラリと変わりました。
その日は土曜日だったので、アグネス宅には 4人のメイドもいました。(メイドは日曜休み)
お宅に上がってすぐに、アグネスが私に 4人のメイドを一人ひとり紹介したとき、私はすべてを悟った気がしました。

4人のメイドは、その日のゲストである私たち家族と同じテーブルについて同じ食事をとりました。
アグネスの子供たちはメイドたちにすっかり懐いていて、すごく仲が良さそうです。ときどきアグネスのところに寄って来て、ごく自然に甘えたりもします。そのとき、アグネスは完全に母親の顔になっていました

アグネスは、私たちを客人としてもてなしつつ、一人ひとりのメイドに話を振って、国もとの家族のことを気遣ったり、ワクチンの予約は済ませたの?と訊いたりしています。

嗚呼・・・そういうことか。
香港人のアグネスは、フィリピンから出稼ぎに来ているメイドたちを、家族の一員だと思っているんだね。

誰や!古代ローマの奴隷制とか妄想してたドアホは!!

制度が家族をつくるんじゃない。人が家族をつくるんだ。

いかがでしょう。
家族に関する法律や、制度や、社会常識などについて考えるのがバカバカしくなってきませんか?

カーステンとカリンが思い合う気持ち。
ヘレンが養女たちを思う気持ち。
ガブリエラがヨークを思う気持ち。
そして、アグネスが 3人の子供たちと 4人のメイドたちを思う気持ち。

どれも全く共通性がないのに、なぜだろう、どれも等しく微笑ましいのは。

クソ真面目に考えるならば、それぞれのケースについて、ズルさや、格差や、世の中の不条理を指摘することは可能ですよ。
でも、彼ら彼女らの慈愛に満ちた顔を思い出すと、そういった陳腐な正義感など吹っ飛んでしまう。

家族の問題に疑問をもっている人たちに言いたい。
たしかに、家族に関する日本の法律や制度は、時代の実情に合わなくなっているかもしれない。
でも、それがどうした?
あなたは、あなたの家族をつくるために、法律や制度を必要とするのか?

そもそも、家族に関する国の政策って何だ?
GDPを押し上げるため、政権を維持するため、愚かで憐れな政府がない知恵を捻り出して、税制を弄って遊んでいるだけじゃないか。

突き詰めていくと、家族とは、あなたが愛するものをつくる、ただそれだけのことなんだ。
それを祝福するのもあなた自身。世間や周囲がどう評価しようと関係ない。ましてや、国家や制度や慣習なんかもっとどうでもいい。

常識に縛られず、制度に頼らず、ただ、あなたが愛するものたちと共に生きていけばいい、と私は思います。

#日経COMEMO #理想の家族