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"転勤"の目的を再定義すれば、日本企業は再生する

日本の社会が欧米に比べて 10年から 20年遅れている、というおなじみの法則は、2021年の現在でもある程度通用すると考えています。
デジャブのような、「昔あった光景を見ている」ような例がたくさんあるからです。
今の日本が 15年前の欧米諸国と同じ課題に直面しているように。
今の中国人の行動が 30年前の日本人と似ているように。

働き方や雇用形態、そして転勤の問題にしても、国内だけで議論していては良いアイデアが出てこないのではないでしょうか。
日本の会社しか知らない頭の良い人たちがゴチャゴチャ考えるよりも、グローバル企業と日本企業の両方を内部でリアルに体験している人が、シンプルに「事実はこうなっています」と提示するほうが有益だと思うのです。

この記事では、私が働いているグローバル企業の実例を紹介しながら、日本企業における「転勤」のあり方を提言してみたいと思います。

グローバル企業の「制度」はシンプルである

○転勤は、会社にとって、また従業員にとって必要な制度ですか。

転勤って「制度」だったの?と疑問に感じました。
たしかに、転勤時の福利厚生などは制度化されているでしょうが、そもそもの転勤の目的や期間、決定プロセスなどは「制度」ではなく暗黙知になっているのではないでしょうか。

以前、グローバル企業における転勤族の生態について書きました。

👆の記事の「転勤」に関する内容を 4行で要約します。

◎社員の区分が Global(転勤可)と Local(転勤不可)に分かれている
◎Global に区分された社員には、IA という駐在専門の社員が存在する
◎IA の使命は、ベストプラクティスの移植である
◎IA は 5年毎の転勤という労働条件と引き換えに大きなベネフィットを得る

当社では、転勤の可否に基づく人事区分というシンプルな制度と、IA Policy と呼ばれる包括的な社内規程が文書化されています。

グローバル企業の雇用は、メンバーシップ型とジョブ型の利点を併せ持っている

日本企業に比べて、グローバル企業の雇用形態にジョブ型の傾向が強いことは事実だと思います。
しかし、グローバル競争に勝つためと称して「メンバーシップ型からジョブ型へ」みたいな変革を掲げるのは安直すぎます。

全社員がジョブ型などというムチャな企業は世界のどこにも存在しないし、つくったとしても持続しないでしょう。
当社には、ジョブ型やメンバーシップ型といった社員の区分はありません。
純粋なジョブ型の社員、メンバーシップ型の社員など存在しないからです。
一人ひとりの社員がその両方の利点を享受しているのです。
当社の雇用形態と実態は次のとおりです。

1) すべてのポジションにジョブ・ディスクリプションがある
2) 明文化されたジョブ・ディスクリプションに基づいて採用する
3) 基本的に終身雇用(permanent contract)が前提である
4) 何年も同じ仕事をしている社員など存在しない
5) キャリアパスのモデルを参考にしながら、社内でステップアップしていく

1) ~ 2) はジョブ型、3) ~ 5) はメンバーシップ型に近いと言えます。
両型を併用することは、普通に可能なのです。

会社組織は機械ではない。人なのです。
用が済んだら捨てる、何年も同じことをさせる、仕様書どおりに動かすなど、人間に対して向き合う姿勢ではありません。

出張は原則禁止になった。しかし転勤は減っていない

ある意味でコロナを奇貨として、国境をまたぐ出張が原則禁止となったことにより、会社の利益が増えている、と以前の記事に書きました。

会議や商談程度のことならオンラインで十分可能だとわかってしまった今、たとえコロナが収束したとしても、出張は激減するでしょう。
出張するためには、リモートでは絶対にできない明確な理由(例えば、工場で機械の据付作業を行うため、とか)を求められ、厳しくて面倒な承認の手続きが必要となることでしょう。

2020年3月以来、出張がほぼゼロになった当社でも、転勤は以前どおり行われています。
出張はオンラインに置き換えられても、転勤は置き換えられないからです。
出張が激減することで、転勤はむしろ増える可能性すらあります。

なぜそんなに転勤が重要なのでしょうか? 転勤の目的って何でしょう?

成功の鍵はやっぱり「多様性」

当社のエグゼクティブ(SVP 以上の役員)は本社を含めて世界に 16人いて、この 16人のメンバーは 13の国籍からなります
ダブっている国籍がほとんどない、ということです。
これは偶然でしょうか?
確率論的に考えて、偶然なわけないですよね。
当社はヨーロッパを本拠地とし、社内言語は英語で統一されていますから、普通に考えればイギリス人、アメリカ人、スイス人、フランス人などが多数を占めるはずです。

経営陣の国籍ミックスは、もちろん意図的にやっています。
それは、多様性を何よりも重視するからです。
とくに戦略機能である本社は、変革とイノベーションの発信元ですから、そこの幹部が同じような人間ばかりでは困ります。

○転勤は、リモートワークの進展などで「どこでも働ける」ようになれば、いずれ減少したり、なくなってゆくと思いますか。

なくなったらヤバい、と思います。
「どこでも働ける」ことと「転勤がなくなる」ことは、別次元の話です。
なぜなら、転勤の目的は人材の多様性を高めることにあるからです。

「どこでも働ける」のに、社員に出社させる企業は愚かだと思います。
「どこでも働ける」から、転勤をなくす企業もまた愚かだと思います。

「転勤」を経営戦略の手段として再定義する

○転勤のあり方は、今後、どのように変わっていくと思いますか。

日本企業が本気でグローバル競争に勝ちたかったら、戦略機能である本社の人材の多様性を高めることは必須です。
日本人オンリーの経営陣とかありえない。

理想を言えば、例えば東京がジュネーブ並の国際都市になって、世界中から優秀な人材を集めることができればいい、と思います。
それが無理ならば、本社を移転するしかないでしょう。

グローバル本社を置くのに適した国・都市の条件は次のとおりです。

1) 英語圏である。英語が公用語である必要はない。第2または 第3の言語として、そこそこ普及しているレベルでもいい
2) 優れた人材が集まりやすい。政治, 経済, 文化のインフラが充実して住み心地が良い。有力な大学・大学院がある。他のグローバル企業の本社も多い
3) タックス上の優遇措置がある。政府や自治体と個別に交渉できれば尚可

日本企業では、転勤の目的のひとつに人材育成があったと思います。
ジョブローテーションの一環として、将来の幹部候補を育てる必須プロセスとして、総合職と呼ばれる社員を頻繁に転勤させていた時代がありました。
これはこれで、経営レベルの重要施策だったかもしれません。

今後は、人材育成目的の転勤は、不要とは言わないまでも、大幅に減っていくでしょう。
その理由のひとつは、育成不要の優れた人材を最初から採用する傾向にシフトしていくこと。
もうひとつは、非効率な大量一括育成よりも、限られた逸材に集中投資する方式が好まれるようになることです。

そのかわり、もっと重要な目的をもつ転勤が増えると思います。
それは、人材の多様性を高めるための転勤です。
多様性が成功の鍵となるような戦略本社、開発やデザインの拠点、イノベーションラボなどは、オンライン会議よりも対面での化学反応を必要とします。
そのためには、世界中から多様な人材を集めるほうが圧倒的に有利です。

今一度、日本企業がグローバルの土俵に立ち、世界のトップに返り咲くための、ワクワクするような「転勤」です。


#日経COMEMO #転勤は本当に必要か