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社員の不正を発見する仕事

これまでに60ヵ国ほどの出張経験があるのは、監査(audit)の仕事をしていた時期があるからです。監査の仕事はリモートではやりにくいので、監査先がある現地に飛ぶことになります。
監査先は、当社グループ傘下の支社、工場、営業所、子会社など、世界中に散らばっています。
当社グループは、約6万人の社員が世界130ヵ国以上で事業を展開しているので、60ヵ国といっても半分以下です。

監査といえば、いかにもつまらない仕事だし、嫌な仕事でもあるわけですが、なかでもとくに気が滅入るのが不正(fraud)の調査です。
社員による不正行為には、昔からある古典的なものとして、横領、賄賂(過剰接待を含む)、談合、キックバックなどがあります。
これらは日本ではニュースになったりするくらいなので、そうそうあってはならないことだと思いますが、海外(とくに途上国)では全然珍しいことではありません。
アフリカや中東、東欧などに監査に行くと、この手の不正がけっこう見つかって、不正行為を犯した社員は懲戒の対象となります。

近年は、コンプライアンスや人権に関わる問題を重点的に監査するようになりました。ハラスメント、過重労働、チャイルドレイバーなどです。
チャイルドレイバーの監査では、工場の生産現場を視察して、16歳未満に見える作業員に年齢を尋ねるという失礼な「仕事」もしなければなりません。

以下では、ここに書いても問題にならないと判断した、記憶に残るユニークな不正案件を2件紹介したいと思います。

ジンバブエにある現地法人を監査したときのこと。
この国は、貧困のため親が子を学校に行かせないのが普通でした。そこでこの会社には、社員の子女が学校(日本でいえば小・中学校に相当)に通うことを奨励するために、学費を補助する制度がありました。
私は(こんなことはしたくないんだけど、これが監査人の仕事なので)、学費の補助を受けている社員数名をランダムで選び、在学を確認するため学校に照会しました。
すると、その社員の子女は学校に行っておらず、学費も払っていないことが判明しました。会社からの補助金を親が懐に入れていたわけです。

そんなものが見つかってしまっては、全数検査せざるをえません。
同様の不正は多数見つかりました。
そもそも子供がいない社員も不正に学費補助金を受け取っていました。
さらに驚くべきことに、学費補助を承認する立場にある人事部長自身も不正に学費補助を受けていました。
一部の不届きな社員の不正とかではなく、会社ぐるみで不正を行っていたわけです。

本件はスイスの本社に報告され、問題は一掃されました。
でも、私には「これでよかったのだろうか」という疑問が残りました。
私は空気を読むべきだったのでないか。
学費の補助というのはじつはタテマエで、この補助金は、食うにも困る社員の生活を援助するために会社が捻り出した知恵だったとしたら・・・?


もうひとつの事例は、ドイツにある子会社を監査したときのことです。
ルールを守り不正を憎むドイツ人は、内部統制の優等生です。
この会社も、1週間にわたる監査の結果、軽微な問題すら発見されず、さすがドイツの会社だな、と苦笑いするしかない思いでクロージングを迎えました。
最終日の晩は、ドイツの社長(女性)を含む幹部とのディナーでした。
完璧な結果に終わった監査をお祝いするムードで、ドイツの幹部たちも、私たち監査人も、ドイツの素朴な食事を楽しみながら談笑していました。
順調なペースでワインのボトルが空いていき、話題がプライベート感を増していきます。社長がパートナーのことを語り出しました。ドイツでパートナーといえば内縁関係を意味します。

「私のパートナーはスイスに住んでいるの・・・」
「毎週末ドイツに来て私と一緒に過ごすの・・・」
「彼が退職したらドイツで一緒に暮らすの・・・」

女社長のノロケ話を愛想よく聞いているうちに、私は「彼」の正体に気づいてしまいました。
彼女のパートナーである「彼」とは、スイス本社のSVP(上級副社長)でした。この女社長の人事評価とボーナス査定をしているのは、「彼」なのです。
私は一気に酔いが醒めました。なんとか平静を装いつつ、思考は監査人モードに戻っていました。私の部下たちは「彼」の正体に気づいていませんでした。

上司・部下の関係にある男女が事実上の夫婦であったという(思わぬ)発見は、「利益相反」(conflict of interest)という重大な問題です。
「発見事項なし」で監査終了のはずだったドイツの子会社には、核爆発級の地雷が隠されていたわけです。

親会社の役員と子会社の社長。
見た目にもお似合いで、微笑ましいほどのステキな熟年夫婦。
空気を読むなら、彼女の話は聞かなかったことにして私の胸の内におさめるべきか。
でも、こんな重大な発見事項を見逃したら監査人として首が飛ぶレベルだな・・・

一晩考えて、忘れることにしました。
なぜなら、ふたりは内縁関係。
婚姻届の提出も教会での誓約もしていない。
つまり、証拠がないからです。