見出し画像

39歳で知り合った女性が一生の友に

男と女の友情。古くて新しいテーマだと思います。
私には、大切な女性の友人がいます。
彼女の名前は、ひろみ、といいます。

39歳のとき、ふと猛烈に勉強したくなって、日本の大学院に入学しました。いわゆる MBA(経営学修士)コースです。
ひろみは、その大学院の同期生でした。

****************************

新入生の初日、オリエンテーション。
広い講義室に 100人近い社会人がいた。
年齢層は、20代後半から 40代後半までいただろうか。
男だらけだな、と思った。

ガイダンスが終わって、そそくさと退室し、外の喫煙所で一服していたら、ひとりの女性が来た。
「すみません、火を貸していただけますか?」
彼女のたばこに火をつけながら、
「まるで男子校ですね」
と言うと、彼女は、ぷっと笑いながら煙を吐いた。
そして真顔で切り返してきた。
「募集要項に性別の条件ありましたっけ」

その女性=ひろみが、この大学院での一人目の友達になった瞬間だった。
いちおう名刺交換をする。
ひろみは、急成長している転職情報企業のダイバーシティ推進室長だった。
偶然にも、ひろみは私と同じ39歳だった。

たばこ2

****************************

MBA の課題は過酷を極める。
毎週 2~3つのケーススタディが与えられ、その完全な理解と解答となるプレゼンテーションが求められる。
当時私は日本の会社員だったが、本業はほぼ部下に任せて、大学院の勉強に専念した。睡眠時間は覚えてない。たぶん、1日 3時間なかったと思う。
室長という要職にあったひろみは、もっと苛烈な日々を送っていたに違いない。

MBA のアサインメントとは、具体的に何をやるのか。
ケースを読み込み、関連しそうな文献を調べつつ、ケースの本質をとことん考え抜き、自分なりの答えをプレゼンにしてクラスで発表する。
1つのケーススタディにつき、20~30時間はかかる(👈私の体感)

授業の後はいつも盛大な飲み会になった。
クラスメイトは、様々な企業の第一線で活躍している猛者どもだ。
MBA の課題と本業の両立でトランス状態になっている。
そういう、生死の狭間にいるソルジャーが、浴びるほど飲んでバカ騒ぎする。
そんな輩に背を向けて静かに飲むグループに、私も、ひろみもいた。

有楽町3

****************************

MBA が生活の大半を占めていた。
四六時中、ビジネスやマネジメントや、戦略論や組織論のことばかり考えていた。
4つめのバツをつけたのもこの頃だった。
毎晩徹夜して、暇さえあれば大学院の仲間と会っていた。
1年だけ我慢してほしい的な説明をしてきたつもりだったけど、努力が全然足りなかった。本当にすまないことをしたと思っている。

いつも集まる 6人ほどのグループができていた。
小学校などと同じで、自然と気の合う者同士がグループになるものだ。
毎週、同じ課題に各自取り組む。
小学校と違うのは、ただの仲良しグループではなく、お互いを強烈にライバルとして意識し、リスペクトし合っていることだ。
一人ひとりが、誰にも負けないプレゼンを作るために、寝る時間も惜しんで考えに考える。

グループのメンバーはキレ者ぞろいだったが、なかでも最強のライバルは、ひろみだと思っていた。

シルエット

****************************

そういえば、こんなことがあった。
夏の合同講義(合宿)で、名古屋に 2泊ほどしたときのこと。
社会人学生たちはいつも以上にはじけていた。
普段は会えない大阪キャンパスの MBA生たちとも意気投合し、錦三の街を飲み歩いた。
3軒目あたりからいつもの東京メンバーになり、5軒目を出たときにはひろみとふたりきりになっていた。
私もひろみもいわゆる “ザル” だったが、さすがにその夜は程よく酔っていた。

相当に、私もタガが外れていたんだろう。
ホテルに戻る道を歩きながら、口が滑った。
「セックスしようか」

ひろみは立ち止まって、数秒私を睨んでから、やさしい目で言った。
「ばーか。やっちまったら、もうこんなふうに会えねえだろ」

心臓をつかまれた気がした。
一気に酔いがさめた。
「そうだな」
と笑って、また歩き出した。

夜道3

****************************

MBA の修了が近づいてきた頃、卒業旅行をしよう、という話になった。
行き先はすぐに決まった。
幹事的なメンバーがタイ駐在の長かった人で、彼が「タイなんかどう?」と提案したら満場一致だった。

いつものメンバーで飲みながら、タイ旅行の計画で盛り上がった。
男性陣がバンコクで “けしからぬ場所” に行こう、とか言い出した。
私も one of 野郎ではあるけど、野郎どものそういうノリが大嫌いなんだよね。
なんとか話題を変えたい、と思っていたら、ひろみが先に口を開いた。

「ふざけんな。バンコクで不埒なマネしたら許さんぞ」

あはは!
痛快だった。
いいぞ、ひろみ、と思った。

テーマを決めようと提案し、タイ旅行のテーマは「自然を楽しむ」になった。

バンコク観光はそこそこに、北西にヴァンを走らせ、有名な橋、虎の寺院、滝の名所で遊び、サンクラブリという村で自然に囲まれた湖畔のコテージに滞在した。
森を歩き、湖で泳ぎ、コテージのママ(素敵なオカマちゃんだった)が腕を振るう家庭料理を堪能した。
過酷な MBA生活にピリオドを打つように、”何も考えない” 時間が流れた。

サンクラブリ

****************************

交際していた女が身ごもり、結婚することにした、とひろみに報告した。
「デキ婚かよ(笑) いい歳こいて何やってんだか。もうバツつけんなよ」
ひろみは、本当にうれしそうに祝福してくれた。
私も、ひろみも、40歳になっていた。

****************************

その後、私は日本の会社を辞めて、スイスに移住した。
2年ほどして、ひろみが出産した、と風の噂に聞いた。

は?
あいつ結婚したのか?
結婚しないタイプだと思ってたけど・・・。

一時帰国したとき、またいつものメンバーで集まった。
ひろみは 1歳くらいの女の子を連れていた。

ひろみは、淡々と言った。
「不倫してたんだ。相手に迷惑かけたくないから一人で育てることにした」

つっ・・・
どこまでオットコマエなんだおまえは。

その頃、ひろみは人事担当の役員になっていた。

母娘

****************************

日本に一時帰国すらできなくなって、1年半以上たつ。
オンライン飲み会はやっているが、やっぱりみんなと日本で会って飲みたい。

ひろみ、元気かな。
“同い年” というのは、妙な親近感がある。
ふと思った。
お互いもうじき 50だな。あれから 10年たつのか。

「すみません、火を貸していただけますか?」

初めて会った日の映像が、昨日のことのように再生された。

ひろみ。
もしこの記事を読んでたら、鷹揚に言うんだろうな。
「てめえ、勝手に人の恥さらしてんじゃねえよ(笑)」