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急がば回れの読書

企画編集部の西藤です。
時代が忙しいからなのか。出版される本が多すぎるからなのか。

速読は相変わらず人気コンテンツとして不動の座を占めていますが、
今日はそうした時代の流れに真っ向から抵抗したひとりの先生をご紹介します。

東大に多くの学生を送り込む東日本の雄といえば、ご存知、東京の開成。
数十年来、開成は東大合格者数ナンバーワンをキープしています。

実は、わたしの実家が開成の近所にあり、日常見かける生徒たちが将来の高級官僚や政治家になるのかと想像すると、なかなか感慨深いものがあります。

一方、西日本を代表する名門進学校といえば兵庫県神戸市にある灘(なだ)です。
ここも東大の合格者数で長年一位を守りつづけています。
しかも、学生数に対する東大合格者数のパーセントで見れば、開成を上回る勢い。

そんな灘に伝説の国語教師がいました。
この方が今は亡き橋本武先生です。
橋本先生を伝説に押しあげたものが、彼の一風変わった授業内容。

灘は中高一貫の六年校。
この制度自体はさほど珍しくもありませんが、その中身がちょっとだけ変わっています。

中学一年で担任になった先生が高三までずっと生徒の面倒を見るのです。

毎年担任が変わってしまう学校が多いなか、この点だけでも進学率アップの検討材料になりますが、橋本先生は生徒と六年間同じ時間を共有する特徴を活かし、中学三年間は一冊の本を読む授業スタイルを確立しました。

それが「『銀の匙』授業」です。中勘助の『銀の匙』という自伝小説だけを中学の三年間かけて読み進めていくのです。

とにかく次から次へ本を早く読み終えようという昨今の風潮からはまったく信じられない手法です。

具体的な授業風景は以下のとおりです。

次の授業で読む範囲を決め、そこに書かれている分からない言葉を生徒に調べさせ、それを使って新しい文章を書かせます。

また、その範囲にどのようなタイトル・小見出しをつけるといいかを考えさせます。
良いと思った表現・美しいと思った文章を生徒に評論させます。

範囲のなかにお菓子が出てきたら、それを実際に食べてみます。
文章から想像力を膨らませた脱線、大いにウェルカム。
こうしたことを一行々々、まさに文章を舐めるかのごとく行っていきます。

こんな授業をして本当に東大に入れるほど学力が伸びるのか。
そもそも灘に集まるくらいの子たちなのだから東大に入学できるポテンシャルがあったんだろう、と思うひともいるでしょう。

ところが驚くなかれ、橋本先生が現役のあいだ、六年ごとに東大・京大の合格者数がぽんっと伸びます。つまり、橋本先生が受けもった中一の生徒たちが六年後に軒並み東大・京大に合格するのですね。

当初は橋本先生の型破りな授業を批判する大学教授などもいました。
しかし、先生の授業を受けた生徒たちの進学実績を見るにつけ、ついには文句が言えなくなってしまったそうです。


一冊でも多くの本を読まなければという考えに取り憑かれてしまっている方(あ、わたしのこと?)、橋本先生の授業を書いた本を読み、つかの間のデトックスを試みてはいかがでしょう。

人生において急がば回れが正解であることは往々にしてあります。

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