冷たい夜の海の底

言葉だけをたくさん
散り散り部屋にバラ撒いて
妙にすっきりした顔の
君が出ていきました  

やさしさとは何だったのか
わたしは夜じゅう考えました  

言葉には「匂い」があります
そのひと独特の特別な匂い
冷たい風に消滅してしまわぬように
わたしは窓を閉めました  

君が居ないことは
それほど怖いことではありません
わたしが恐れるのは
それをわたしが忘れることです
身体を通り抜ける食べ物のように
内臓を流れて排泄されてしまうのが怖い  

その度わたしは
薄ら汚れていく気がします
心にだけ毒が溜まっていくのです
脳が忘れても、心は忘れません  

君の言葉が空気に溶解して
ぽたぽたと水がしたたり落ち
部屋の湿度は徐々に高くなります
数時間後、朝になるころには
この部屋は海の底のように
なっていることでしょう  

恐れるに足りず、と思っていたのです
わたしの生きる栄養のひとつになると
えへへと高を括っていたのです  

涙は出ません
夜だから?

朝になったら窓を開けましょう
身体に苔が生えてしまう


donor -11/ 赤土奈津 
赤土奈津 さんのTumblr
http://akatsuchi.tumblr.com/

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