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深夜2時のセレナーデ

街が寝静まった頃合いを見計らって、少しの荷物だけをまとめたリュックサックを背負い、自転車でおもむろに幹線道路を進む。人はまばら、そもそも歩いているのが不思議な時間ではあるけれど、彼らにも彼らの目的があって、それは僕と同じ。住宅街を抜けて長い坂道を立ち漕ぎで上がっていくと首都高の効果が傘になるように覆い被さって心なしか交通量も増えてくる。だんだんと周囲の建物が高くなっていき、高架道路で鉄道を越えると人はほとんどいなくなって車はタクシーばかりになる。

暗いオフィス街のなかで煌々と光るコンビニでお茶を買って少しの休憩を取る。息は白いが汗はとめどなく流れてゆく。乾燥した空気で渇いた喉に一気に水分が染み渡っていく。体が少し冷えたが構わずまたペダルを漕ぎ始めると、景色が流れていく。地下鉄の駅ごとに人が歩いていて、離れるといなくなって、寄せては返す波のようだと思いながら進んでいくとオフィス街も終わったのかまた建物の高さもだんだんと低くなっていく。

空の向こうがだんだんと明るくなっていって、朝が近づいているのを感じる。住宅街の細い路地へ新聞配達の原付が分け入っていくのが見える。きっと信号待ちなんかせずにそういう道を通ってもいいのだけど、この辺りまでくると土地勘がないから心配だ。そこそこ長い距離を走ってきた。普段電車に揺られて1時間もすれば来られるところを自分の脚でくるとこんなに大変なのだから、鉄道というのはありがたいものだ。

住宅街の果てには大きな川が流れており、渡って対岸には夜中でも稼働している発電所や工場の点検用の明かりや高架道路を走る車がまばらに見える。そこに踵を返すように川を下るとしばらくして河口に出てくる。小さな船溜りはこの辺りが昔からの漁師町なのだと教えてくれる。河口の直近で小さな川を渡るとだだっ広い埋立地に出てくる。原っぱの向こうで広い倉庫のような建物と巨大な飛行機が地上で展開するのが見える。空港はやはりスケールが違う。

旅行に行った人たちが置いていったたくさんの車が整然と並べられた駐車場が広がり、人も歩く場所がどこかわからない中でとりあえず自転車で順路を進んでいくと見慣れたターミナルビルに辿り着く。自転車で行けるのはここまで。普段ならバスを待つプラットホームで自転車を折りたたむ。やはり冷えるので徐々に手先の動きが鈍くなる。時折息であたためながら輪行袋で包むとすっかりもう日が上がって朝になった。

これからまた新しい1日が始まる。僕は君に会いに行く。

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