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赤く咲くのはケシの花

僕が今住んでいるのは関東地方の某所。
田園地帯が広がる中に住宅地が点在する、東京近郊の田舎町だ。

初夏の陽気に汗ばむ5月のある日、近所を散歩していると、妖艶な色合いの花が目に飛び込んできた。

あらまあ・・・
このコボちゃんの頭ような蕾。

茎を包み込むようなギザギザの葉っぱ。

これは、実は日本国内では「不法ケシ」と呼ばれている。
麻薬の成分が含まれる、自生していてはいけないはずのケシなのだ。
アツミゲシ。セディゲルム種。
外来種で、昭和30年代ころに渥美半島あたりに上陸したそうだ。

この妖艶な植物はアヘンアルカロイドを高濃度に含有する。あへん、モルヒネ、ヘロインの原料になる。
故に、あへん法で取締りの対象になっている。栽培はもちろん、薬効成分を含む部分「けしがら」の所持も7年以下の懲役と定められているから注意が必要だ。うっかり抜いて持ち歩いているところを警察に見られたら、逮捕されるかもしれない代物だ。

僕がアツミゲシを発見したのは、とある住宅の裏手。
どこかからか飛んできた種が、この日当たりのいい一角で発芽して、群生したのだろう。
初夏はそこら中にオレンジ色のナガミヒナゲシが咲いているが、その中に混ざって青紫~赤紫のアツミゲシの花が咲いているのは、非常に目立つ。まさに「目に飛び込んでくる」という表現そのままで、その妖しさといったら見るからにイリーガルな花という感じがする。

さて、この花をどうするか。スマホで検索してみると、全国的にアツミゲシの繁殖が問題になっていて、見つけたら警察、保健所、麻薬取締官事務所に通報するようにとのこと。
時はコロナ禍(発見したのは2021年)で保健所は多忙を極めているだろうし、麻取も勢力的に小さそうだから、スタンダートに警察に通報することにする。
・・・ワルい考えが頭をよぎったことは否定しないが、薬効成分を効率的に抽出する知識はないし、栽培するのも大変だし、検挙されるリスクを冒してまでワルの道を選ぶ合理的理由はどこにもないので、ここは「模範的市民」を演じるしかないと判断した。

何ら緊急性のある事案ではないので、110番ではなく、県警の「安心センター」に通報することにした。これは9110番にかければつながる。
警察では110番を受理すると、いたずらが明白な場合を除いて原則として即座に対応しないといけないらしい。9110番であれば、緊急性のない情報として、後日対応ということになる。模範的市民としては、おまわりさんを緊急性のない事案で引っ張りまわすのは気が引けるということだ。

安心センターに電話すると、若い男性が応対してくれた。
「はい、〇〇県警です」
「安心センターはここでいいんですか?」
「あ、はい、そうです」(不意を突かれたような反応)
「〇〇市で不法ケシを見つけたんですけど」
「は、はあ?・・・えーと、何をですか?」

どうも警官の反応が鈍い。
「ケシです。不法ケシが自生しています」
「あ、そうですか・・・えーと、特徴は?」

おそらく、電話の向こうで担当者はマニュアルを開いたのだろう。花の色や毛、葉の形などを聴取。それから場所。
「番地はわかりますか?」
「ちょっとそこまでは分からないですね」
「今、グーグルアースを開いてるんですけど、近くに神社があります?」
「あ、そうです、その角です(警官もグーグルアースで場所を把握するのか・・・)」
「では、所轄に情報提供しておきます。対応の結果を通知しますか?」
「いいえ、それは結構です」

一週間ほど後、その場所を通ると、ケシは全て抜かれていた。南無阿弥陀仏。

しかしアツミゲシの生命力は侮れない。同じ時期に、またも自生している不法ケシを見つけた。
今度は趣向を変えて、警察署に直接タレコミに行くことにした。

まず警察署の受付で、「不法ケシが生えていたんですが」と告げると、担当につないでくれる。「〇階の刑事課の前に行ってください、担当者が迎えに出ます」と言われるので、薄暗い署内をおそるおそると歩いて刑事課の前に。何も悪いことはしてないのに、どうも後ろめたい気持ちになる。思わずズボンや上着のポケットに妙なものをうっかり入れたままにしていないか。触って確かめてしまう。例えば日曜大工で使ったドライバーでも入れっぱなしにしていたら、特殊解錠用具所持で捕まりかねない。善意でタレコミに来ただけなのに、非常に後ろめたい気持ちがする。

刑事課は、きっちりとドアが閉められて、外から中が見えないようになっている。
ちょっと待っていると、ドアが開き、若い私服の刑事が出てきて中へと案内される。
中は一見、ごく普通のオフィスで、事務机が並び、ノートパソコンが置かれている。普通のオフィスと違うのは、窓に鉄格子が入り、またほとんどの机が空席。刑事たちは現場百篇の格言に忠実に、外回りに出ているのだろう。
僕が通されたのは「参考人室」のプレートがかかった個室で、殺風景に机と椅子だけが置かれている。刑事さんの肩書は自己紹介された気もするが、覚えていない。薬物銃器担当だったのは間違いない。
10分程度かけて前回「安心センター」に電話した時と同じ内容の聴取。今度は場所がすぐわかるように電柱の番号を控え、現場の写真もスマホに収めておいた。
ついでに、刑事さんに質問をしてみる。
「さいきん引っ越してきたんですけど、けっこう不法けしを見かけるんですよ。多いんですか?」
「うちの県は多いです、もうほとんど定着してます。特に平野部の暖かいところは。」
「処分しきれないんですか?」
「ですね。通報があれば抜去しますが、正直なところ対応はまったく追いついてないので・・・これからの季節は花が咲くので、通報は多いですけどね」
どうも、あきらめムードが支配しているようだ。
今回も「対応したら連絡しますか?」と聞かれたが、辞退した。

検索してみると、県によってはアツミゲシが一株発見されただけで大騒ぎになり、新聞に載り、通報者は表彰されているようだが、わが県ではそれほど珍しいものではなくなってしまい、警察も保健所も、通報を受けても「あっそう」という程度の扱いになっているようだ。

そのさらに数日後、またもや違法ケシを見つけた。今度はアツミゲシではない、そのまま「ケシ」。ソムニフェルム種。

通報は・・・もういいや。

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