薄れなかった記憶の中で

あれは高校3年生の時。当時聞いていたラジオ番組で、岐阜市を舞台にした映画の撮影が夏に行われ、高校生を中心としてキャストを一般募集するという話をやっていた。当時から舞台演劇音響の方面に興味があったので、出たいと思うのは自然だった。オーディションがあると聞いて居ても立っても居られなくなったのも当然だった。

その一方で当時17歳の未成年。親の承諾が必要だと。まして受験生。そんなもの許可されるわけがなかった。その前年だったか、岐阜市内の映画館、当時は柳ヶ瀬を中心に5軒ほどあっただろうか、で開かれた映画祭の映画を一日回り放題のチケットが当たったことがあった。日曜日に映画を見に行ってくるというだけで猛反発して自宅軟禁した親のことだ。今回もダメだというに決まっている。親バリアを突破する気力も削がれていた自分は、泣く泣く断念した。

数カ月後、親が新聞片手に部屋へ飛び込んできた。
「これ見てみや〜!あんたと同い年の高校三年生が映画に出るんだって!すごいねー!立派だねー!」
見るとその映画の一般枠の主演に、地元の高校三年生が決まったという写真入りの記事だった。地元の進学校の生徒で、どこ中出身なのか知らんが面識のないやつだったけど、同じ長良川の水を飲んでるであろう同い年がこれだけ注目されるのが悔しかった。なにより満面の笑みで新聞記事を見せつける親の態度。それだけ持ち上げて褒め称えるのなら、あんたの息子が応募したいと言ったら応援してくれたのか?しなかっただろ?そんな思いを抱きながらも、親の反対を押し切るなり、親に内緒にするなりして応募してみればよかったという後悔とともに夏を過ごした。

後にそいつは浪人したらしいという噂を聞いたが、まぁ当然だよね。高3の夏休みを映画の撮影なんかに費やしてんだもんね。こっちは現役で合格したわけだし関係ないねっ! と自分の中では納得してこの件は蓋をした。その後、深夜のテレビや飛行機の機内など、何かのはずみでその映画、金華山をバックに長良川を渡る路面電車の映像とか、青春のワンシーンみたいな場面とかが流れる映像を見かけることがあったが、自分の中ではどこか知らない世界の出来事として蓋をし続けた。

先日偶然その生徒と思われる名前を見つけた。なんと GAFA の一つにいるらしい。浪人したあとそれなりの大学に入って、なんやかやでそんな企業に勤めているようだ。人生何がどうなるかわからんよねと思いながら、浪人したからと言うだけで見知らぬ相手を見下すことで自分を納得させていた気持ちが一気に壊れた。あの時の漬物石のような親の圧力を跳ね返せなかった自分が悔しい。「あんたは扶養家族なんだから」という一言で自分の生殺与奪を握ってきた親と、もっと盛大にぶつかってやればよかったと。見ず知らずの他人の映画出演を自分のことのように喜んでる親に「お前の息子が出たがってたんだけど、お前応募したら反対しただろ!?」と言ってやればよかったと。

そんな親は今でも存命なのだが、40近く、いや50歳になっても相変わらず人の生殺与奪を握ろうとしてくるのだが、そこについてはまた後日。

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