短編 『焼き芋』
残暑の厳しさも収まり、金木犀が香りだした初秋の週末。
夏の間中ほったらかしにしていた庭の掃除を終えた私は、枯れ木や落ち葉を集めて焚き火をした。
焚き火をしていると、色々な事を思い出す。
火が踊る様をじっと見つめていると、心が落ち着く。
そして、無性に焼き芋が食べたくなる。
「おい、お前、芋は有るかい?」
私は庭先から、リビングの妻に声を掛けた。
「ございますわよ」
直ぐに妻の声が返ってきた。
「それは良い。アルミホイールと一緒に、こっちに持ってきておくれ」
「直ぐに持って行きますわ」
果たして妻は、縁側から庭先に降りてくると、私に芋とアルミホイールを手渡した。
何故か妻は、いつもより濃い化粧をしている。
「そうそう、うん、良い芋だ。 しかし君、良い芋には違いないが、これは山芋じゃないか」
「貴方が、芋は有るかい?って仰るから」
「焚き火をしている亭主が芋といったら、それは薩摩に決まっているじゃないか」
「薩摩はございませんわ。馬鈴薯なら有ったと思いますけど・・・」
妻は少し拗ねた様子で言った。
「馬鈴薯では駄目だよ。焼き芋は薩摩って昔から決まっているんだ」
「でも貴方、無いものは仕方ないじゃございませんか」
「じゃあ君、お手数だが、ちょっとそこの八百屋まで行って、薩摩を2,3本買ってきてくれたまえ。君にも美味しい焼き芋を食べさせてあげるから」
「残念ですけど、それは無理ですわ」
「何故だい?」
「今から、出かけなければならないんですの」
「出かけるって、何処へ?」
「ジャズダンスですわ。その帰りでも宜しければ、買って参りますけれど」
「それじゃあ遅すぎるよ。夕食前になるし、焚き火も消えているに違いないからね」
「じゃあ、残念ですけど、今回は諦めて下さいまし」
そう言い残して、妻はジャズダンスに出かけてしまった。
私はどうしても焼き芋が食べたかったが、薩摩が無い。
自分で買いに出ようかとも考えたが、火をこのままにして外出するのは、如何にも無用心だった。
仕方が無いので、私は妻が持ってきた山芋にアルミホイールを巻きつけ、焚き火に放り込んだ。
枯れ木や枯葉が燃え尽きた後、灰の中からそれを拾い上げ、火傷をしないように注意しながら、アルミホイールを破り、山芋の皮を剥いた。
皮を剥いた山芋の身は、通常の焼き芋のように、黄金色に光っている。
恐る恐る一口やると、求めていた薩摩の味とは違うものの、なかなか美味しい。
妻がジャズダンスから帰ってきたら
「君、あれはあれで、中々どうして、オツなものだったよ」
と教えてやろうと思い、夕日を眺めながら、焼き山芋を頬張っていた。
了
今アナタは大変なモノを盗もうとしています。私の、心です。