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超短編 『十五夜』

今日は、中秋の名月ですね。

天気も良いし、外の月は綺麗だろうな。

満月を見ていると、色々な事を思い出します。

昔家族で行った月見の事。

沖縄の夜の海。

そして、あの子の事。


夜空にポッカリと浮かぶ、まあるい月。

手を伸ばせば届きそうだけど、手を伸ばすの、躊躇うよね。

だって、絶対に届かないのを、知っているから。

そんな人を想って、作りました。

聴いて下さい。

「こおろぎ」


そう言って、セミロン毛のダサい男がダサいイントロを弾き始めたので、僕はライブハウスを出た。


夜空には綺麗な満月が浮かんでいる。


二十三時半。

ベロベロ。

十五夜。

全ての些細な『事実』が、僕の背中を押していた。

ヘパリーゼを買う為にコンビニに入ると、店内に懐かしい曲が流れている。

U2の『with or without you』


一年ほど前、この曲をエマと一緒に聞いて、歌詞の意味について議論をした。

「君と一緒に生きていきたいけど、僕が君に与えられる物は何もない」

という意味を僕は主張し

「宗教観と音楽性の乖離による葛藤」

とエマは言った。


こおろぎ野郎がステージに出てくる一時間前。

エマから電話が有った。

半年振りの連絡。

自殺予告。


『with or without you』が終わってレジに向かう途中、エマが大好きだったハーゲンダッツのラムレーズンが目に入った。

少し悩んでから、それを一つ掴んでヘパリーゼと共にレジに置いた。

エマのアパートまでは徒歩五分。

まだ生きているだろうか。


コンビニを出て夜空を見上げると、相変わらず大きくてまあるい月が浮かんでいる。

「こおろぎ」を最後まで聞けば良かった、と少し後悔しながら、エマのアパートに向かって歩き出した。


今アナタは大変なモノを盗もうとしています。私の、心です。