「障がい者歯科」は、民間の歯科医院には参入のハードルが高い?
恥ずかしながら、筆者はその存在を知らなかった「障がい者歯科」。話を聞けば、確かになくてはならないものだと痛感する。私と同様に、知らない、詳しくはないという多くの方にも知っていただきたく、今回は西宮北口歯科口腔外科で「障がい者歯科」に従事する歯科衛生士の三木貴子さんにインタビューを行った。
何をきっかけに障がい者歯科の対応を始めたんですか?
(三木)私が2016年に当院に入職して、院長先生より「当院でも対応可能な範囲で障がいのある方を受け入れてみてはどうか」と相談いただいたことがきっかけです。以前の勤務先でも一般歯科と並行して障がい者歯科の仕事をしていたので、その経験を生かして「当院に来られた患者さまにも対応できたら良いな」ということで始まりました。
障がいのある方は、一般的には「口腔保健センター」や「大学病院」などで診療をしているので、ちょっと特殊な分野なんです。私は一般歯科で正社員として働きながら週2日、口腔保健センターにも勤務し、障がい者歯科に携わっていました。
障がい者歯科の対応を始めるにあたって、どんなことを意識されましたか?
(院長)患者さんの中には、どうしても跳んでしまったり、大きい声を上げてしまったりするお子さんもいます。ですが、その子たちも跳びたいんじゃなくて「治療が怖い」「不安なんだ」と言えないだけ。それを我々は理解してあげる必要があるというのを、院内で議論したときに三木さんから教えてもらいました。
なので当院では、障がいのある方とない方とで、あえて待合室を分けないようにしているんです。
(三木)待合室では、患者さまに今日どんなことをするのかを視覚的にお伝えするようにしています。そうすると言葉ではうまく伝わらなくても、絵を見ることでイメージできますので、気持が少し落ち着くんです。
視覚支援のカードを見ることで見通しが立ち、落ち着いて診療室にスッと入っていける姿を、ほかの患者さまにも見ていただきたいという思いもあって待合室を分けない形にしました。
そういう様子を見ていただくことも地域共生の一助になり、障がいに対する理解も広まると思います。あえて分けることはせずに、障がいのあるなしに関わらずどなたでも来ていただけるというのを当院のモットーにしておりまして、名前も「スペシャルニーズ歯科」になっています。
障がい者歯科に対応できる「歯科医院」が現状は少ないということですが、参入にあたって何がハードルになるのかを教えてください。
(院長)障がい者歯科をどの歯医者さんでもできるわけではないのは、ヒト、モノ、お金、情報という条件が揃いづらいからです。
口腔保健センターには、障がい者歯科に対応することで建設費、家賃、人件費、運営費と自治体からも助成はあるんですが、民間には全くありません。ですから民間は診療報酬だけでそういった諸費用を賄わなくてはならず、診療報酬は両方とも同額ですから、結果的に民間では全く太刀打ちできません。別で利益の出ている部門がないと、対応は不可能だと思います。
また情報について、市役所などに障がいのあるお子さんの相談があった場合は、無料で優先的に口腔保健センターを紹介します。しかし民間では広告費を払って障がいのある子どもたちを集めなくてはなりません。
歯医者はコンビニより多いと言われているのに、こういった民業圧迫が、民間で障がい者歯科を行う歯科医院が育たない根本的原因になっており、ハードルだと考えております。結果的に、子どもたちの家の近くにある通いやすい障がい者歯科が増えていかないことにつながっていると私は思います。
子どもたちが近くの歯医者さんで、いつでも安心してみてもらえる環境があったらいいのになと残念に思います。
(三木)障がいのある方は、診療に入るまでに時間が長くかかる場合も少なくないのです。
虫歯のある方が来院されたら、まず治療台に座って、寝ころんで、口を開けて、そこに削る機械と水を吸う器具が入って、虫歯を削って、詰め物をする。この段階を踏んで、やっと一つの詰め物ができるんですが、障がいのある患者さまは、診療室に入れない、入れても治療台に座れない、座れても寝られない、寝られてもじっと口を開けておくことが難しい、そんな子が本当にたくさんいるんです。
長い方ですと、来院されてから治療台に座るまでに半年かかったお子さまもいます。当院の予約の関係上、一番短い間隔でも来院は2週間に1回。その子のお母さまは本当に熱心な方だったので、2週間に1回、何回もトレーニングをつんで治療台に座ることができました。
慣れてもらうのに時間がかかるんですね…
(院長)事業者としての立場で見ると、その時間分、歯科医師1人+歯科衛生士1人の時間を使うことになります。本来、歯科医師は1時間くらいあれば平均して3人くらいの患者さんを診ることが可能です。その逸失利益を考えると、民間で障がい者歯科の対応をするのは、やはりある程度規模が大きくないと厳しい。
ビジネスだけで考えるのであれば、もっとインプラントや矯正など利幅の多い分野を強化していくのが良いんでしょうけど、私は「障がい者歯科」は社会にとって必要なものだと思って取り組んでいます。なので三木さんにはもう「やりたいことを、どんどんやってください」ってお願いしているんです。
実際に始めてみてからの気付きはありましたか?
当初、当院には全身麻酔の設備がなかったんですよ。
せっかくここで場所慣れしてくれたお子さんとお母さんが、全身麻酔のために堺や神戸長田区の口腔保健センターなど別の施設へ移動ってなると、またそこで一からやり直しに。「せっかく慣れてきたのに残念です」っていう話を親御さんから聞くたびに、ここでもできたら良いなって思っていたので、じゃあもう全身麻酔の施設を作ってしまおうと。
全身麻酔って、どういった状況の患者さんに必要になるんですか?
(藤村)治療を受けることが難しく、かつ歯の治療に緊急を要するという場合ですね。これは障がいの有無に関わらずです。
初診でここに来られて、例えば3歳くらいで奥歯が4本も5本も虫歯になっている状態だと、その治療に耐えられるほどの協力度が追いついていません。そこへ障がいの特性があるとなると、治療はさらに難しい。そういった方に関しては、麻酔で体動をコントロールしての治療となります。
入院施設があるわけではないので、当院では日帰りの全身麻酔で、その日のうちにご帰宅いただけます。入院で宿泊となると、それだけで普段と違う環境という負荷が患者さんにかかってしまうので、障がい者歯科では日帰り全身麻酔が多くなる傾向にあります。
全身麻酔で治療を受けていただき虫歯がなくなったら、その後はトレーニングという形で予防に努めます。まずは場所慣れ、歯磨きの練習、電動ブラシで振動にも慣れて、フッ素塗布をしていって。
もしも虫歯が見つかった時に備えて、スムーズに虫歯治療ができるような準備をトレーニングや定期検診のときに整えておきます。治療が終わったら終了というよりは、治療が終わってからがスタートなので、定期的に来院いただき、長いご縁になっていきます。
歯医者さんでも全身麻酔を使うということを、今回初めて知りました。
(院長)総合病院などでは全身麻酔の設備が整ってるんですが、開業医では整っていないことが多くて、対応できない場合は二次や三次の医療機関に紹介するという流れになります。
兵庫県においては二次医療機関でも、笑気麻酔しかやってないところがほとんどで、全身麻酔に対応している自治体さんでというと尼崎と神戸の2つだけ。二次といいながら二次の実態が非常に弱いというのが、この阪神南医療圏なんです。
(三木)一般歯科はコンビニより多いと言われており、全国に6万8,000(2018年時点)ほどあって多くの方は歯科医院を選ぶ自由がある一方、口腔保健センターは全国に354ヶ所(2017年時点)しかありません。
障がいがあり特別な配慮が必要な方は、口腔保健センターの障がい者歯科で診療を受けようとなると、全国に354ヶ所しかないですし、かつ都市部に集中しているので地方の方は通院しづらいという現状です。
そう考えるとかなり少ないですね。
兵庫県に限ると数えるほどしかありません。なので一般歯科において、可能な範囲で障がいのある方の対応ができると、かなりの助けになることができます。
この医院でも、遠くから通われてる方はいますか?
(院長)自転車で45分かけて来院いただいている方もいらっしゃいます。一般的な歯科医院の商圏が、大体自転車10分以内とか車で10分くらいといわれていますので、それと比べると明らかに遠いですよね。
サイトには保育士さんもいると書いてあったんですが、一緒に動いたりすることもあるんですか?
(三木)保育士さんは、今はまだ直接関わってはいないのですが、先にコラボが始まってるのは言語聴覚士さんですね。発達障害で言葉のコミュニケーションが難しいというお子さまなど、言葉のコミュニケーションに不安を持たれている親御さまのご相談も受け始めています。
(藤村)管理栄養士さんもそうですね。偏食の傾向があるお子さまでしたら、食事指導という形で、どうやったら食べやすくなるかといった工夫や、普通食に慣れるために細かく刻むことで食べやすくなるメニューなどを考えてもらっています。
いろんな職種の方がいらっしゃるんですね。
Instagramでも色々と情報を発信しているのを拝見しました。
(三木)私は口腔保健センターでも障がい者歯科に携わっていましたが、診療の中で感じた違いは、やっぱりお母さまとの距離が一般歯科はすごく近いということ。
お話をうかがっていると、本当にたくさんの子育てに関するアイディアをお持ちだということが分かり、次第に私だけが聞くのは凄くもったいないと思うようになったんです。
なのでお母さま同士が情報交換できる場を作りたくて、当院主催で交流会を実施しています。その交流会の様子や障がいのある方に役立つ情報をInstagramで随時発信していますので、もっと広く社会に知ってもらいたいと考えています。こちらもよろしければご覧ください。
▼参考記事
(写真:平澤貴大)
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