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「障がい者歯科」にはどんな治療やケアが必要なのか?

恥ずかしながら、筆者はその存在を知らなかった「障がい者歯科」。話を聞けば、確かになくてはならないものだと痛感する。私と同様に、知らない、詳しくはないという多くの方にも知っていただきたく、今回は西宮北口歯科口腔外科で「障がい者歯科」に従事する歯科衛生士の三木貴子さんにインタビューを行った。



障がい者歯科の治療にあたって、まずどんなことに注意する必要がありますか?

(三木)当院は地域の歯科診療所ということもあって、循環器疾患といったような全身的な管理が必要な方がいらっしゃることは少ないのですが、発達障害や知的能力障害、Down症候群の方など、それぞれで状況が全く違うので、対応の前にまずはその障がいの特性をしっかり理解しておくということです。

西宮北口歯科口腔外科 歯科衛生士
三木貴子氏

障がい者歯科というのは一般診療に比べて、不安やパニックになることで治療中に体が動いてしまい、治療に使う器具を誤って飲み込んでしまったりなどの「偶発症」が発生しやすいと言われています。

偶発症の防止のために、どんなリスクが発生し得るのかを想定することが重要ですし、そもそも診療室に入れない、入れても診療台に座れない、座れても寝ころぶことが難しいなど、状況は本当に人それぞれです。事前の問診で、何に不安を感じるのかはよく確認します。

事前問診をしっかり行うイメージなんですね。

初診のときはゆっくり1時間いただきまして、来院されてすぐ治療というわけではありません。患者さまが院内でリラックスできる環境や雰囲気をどのように作ることができるか、まずは本人やご家族とお話をさせていただくのが一番です。

障がい者歯科の対応にあたって、ここの治療設備に何か特殊なものはありますか?

診察に使う診察台や物品に特別なものはありませんが、これまでの患者さまへの治療の中で培われてきた配慮と工夫が様々なところに反映されています。

例えばこの操作盤は、ボタンが見えている状態だと押してしまう方もいて、押すと診療台が動いて危険なので隠しています。作業台の上の基本セットも、障がい者歯科のときはリスクのあるものを全部なくし、歯ブラシだけ置くという形に。

視覚情報を減らして集中してもらえるようにするのも工夫の1つで、余分なものがないことで患者さまにも安心していただけるんです。

作業台の通常セット
余分なものを省いた状態

いろんな情報が目に入ると、そっちに気がいっちゃうんですね。

ADHDなどで衝動性のある子だと、目に入ってくる色んな情報が気になって触りたくなってしまうんです。なるべく情報を少なくし、集中できるように構造化を行っています。

「どこ」が「何をする場所」なのかを明確にする
「物理的構造化」の例

この魚が泳いでいるやつは何ですか?

これはバブルチューブといいます。

「バブルチューブ」
色もどんどん変化していく

療育施設などに、障がいのあるお子さまが、気持ちをリラックスできる空間として「スヌーズレンルーム」という部屋があるんですけれども、そこに置いてあるバブルチューブを当院にも設置しています。

療育施設にも通っている患者さまが多いので、見覚えのあるこれが目に入ると夢中になって見てくれたり、これを見たくて診療室に入って来るお子さまもいたりしますので、すごくご好評いただいているアイテムなんです。

あと、こういうおしまいの箱もあるんですけど。

「おしまいの箱」とは…?

これは、その日の流れを視覚的に示し理解できるように作ったものです。①:まず歯医者さんに来られたよねってことでカードを外す、②:次はベットに寝られたら外すというように、終わったものを「おしまいの箱」に入れていくんです。

終わりまでの見通しが立つこと、段階的にカードを外し減らしていくことで、苦手なことでも終わらせるのがちょっと楽しくなるように実施しています。全部できると、最後に待合室にあるガチャガチャができるという特典付きです。

その日の予定を視覚支援のカードで明示
1つの行程が終わったら「おしまいの箱」へ
全部できたら待合室でガチャガチャの特典

ゲーム感覚になって面白いですね!

あとは、診察台になかなか座れない子のために、代わりとして用意しているのがこのイスです。ここの部屋だけ2つ入れてあります。

診療台に座って診療を行うという常識を取っ払ってしまって、ここでも寝られたらお口の中を見せてもらえるんじゃないかという発想ですね。お子さまだったら、このサイズでも十分寝ころがっていただけますから。まずはこちらのソファーで練習をして、診療台にいつか座れることを目標に行っています。

ちなみに私は歯科治療に独特の振動が苦手でして…

当院の障がい者歯科では、そういった器材や振動に慣れてもらうために、虫歯がない時から、歯の表面を綺麗にする道具を使って、機械慣れしてもらうようなトレーニングもしています。

「チューブに繋がっている」ということに抵抗感を示されることもありますので、そういった場合はこのハンディタイプのもので、まずは機械の振動に慣れてもらうんです。もっと身近な電動歯ブラシを使って歯磨きをしてもらうなど、それぞれのご家庭でできることにもご協力いただいています。

この天井のプロジェクターも凄いですね。

これも診療に集中できるように考えたアイディアの1つです。寝ころんだ時に、天井に見えるようにしています。

このサングラスも役立つアイテムで、視覚過敏で、歯科治療のライトが眩しく感じるお子さまのためのものです。ちょっとした工夫ではあるんですが、眩しさ軽減に加えてとてもかわいいので、治療中のお子さまの写真を撮ったりされるお母さまもいます(笑)。

こういった1つ1つのアイテムは、診療を行うにあたってまず課題が発生して、それらを解決するための議論の中から生まれてきた七つ道具なんです。

眩しさ軽減のためのサングラス

ちなみに、障害者手帳を持っていない人でも「障がい者歯科」の治療を受けることはできますか?

当院の障がい者歯科を「スペシャルニーズ歯科」という名称にしているように、障害者手帳の有無に関わらず受診が可能です。通常の診療では対応がむずかしい方に対して、特別な技術や知識と工夫を持って対応させていただいています。

なので歯科治療に苦手意識がある方、歯科医院が苦手なお子さまなどに、ここでトレーニングをして歯科治療が行えるよう支援もしています。

診療にあたっては、専門の歯科医師や歯科衛生士がいらっしゃるのですか?

「日本障害者歯科学会」という学会がありまして、その学会での認定制度で認められた「認定医」や「認定歯科衛生士」という資格を取得した者が当院では担当にあたっています。

「認定」にはどんな知識やスキルが必要なんですか?

途中から日本障害者歯科学会認定医である
藤村氏(左)にもご同席いただいた

(藤村)範囲はかなり幅が広いんですよ。ここの歯科医院では、発達障害などの知的障害のあるお子さまを診ることが多いのですが、「障がい」と一言にいっても身体障害や精神障害、高齢者であれば脳血管障害やその後遺症、あとは飲み込むことが困難な嚥下障害などもあります。

このように「障がい」には様々な分野があるので、それぞれに関してプラスの知識を身に付けることが必要になるんです。

Webサイトには、初回の来院時すでにほとんどの歯が虫歯になってしまったお子さんもいるという記載がありました。

このような一般の患者さんとの症状の違いはあったりしますか?

(三木)人によって様々なのですが、障がいのあるお子さまは、現状では虫歯のある子とない子が二極化してると言われております。予防概念は年々高まってきているので、虫歯予防に対してすごく熱心な親御さまの努力で、虫歯が1本もないというお子さまもいます。

ただ一方で、障がいの特性によっては、触覚過敏などでお口の中に歯ブラシという異物が入ることに抵抗があったり、味覚敏感で歯磨き粉を使えないとか、そういったことで歯磨き習慣がなかなか確立しない方がいるのも事実です。

あとは発達障害などの特性で偏食の傾向が強く、極端な方の例をお話しすると、お水の代わりにジュースしか飲めない、味の付いたものしか飲めないという方もいらっしゃいます。水やお茶の代わりにジュースを飲むので、当然虫歯になりやすい。継続的に歯科医院に来院することもむずかしく、気づいた頃には虫歯が大きくなってしまっているというのは珍しくありません。

(藤村)あとは知的障害の度合いが重い方でしたら、そもそものコミュニケーションが難しく、虫歯があったとしても「痛い」と言葉で言えずに、周囲の気づくタイミングが遅れるということもあります。

ご家族が目で見て歯に穴が開いていたり、黒くなっていたりすることで発覚することが多いので、当院に来ていただいた頃にはもうだいぶ進行してしまってる状態なんですね。そうなると神経を抜かなくてはいけないということもよくあります。そういった環境要因も一般の方とは全然違いますね。

障がい特性にもよるかもしれませんが、予約のキャンセルなんかも発生することはありますか?

(三木)実はスペシャルニーズのある患者さまのキャンセル率は結構低いんです。というのは、障がいのある方はどちらかというと、ルーティンを作ってリズム通りに生活をする方が、見通しがたちやすく、安心して行動できるとされているからなんです。

当院の患者さまでも学校や療育施設に通っているお子さまが多く、例えば金曜日の療育帰りにここに来院するリズムができていると、その通り行動する方がお子さまもスッと行動しやすいんですね。なので雨が降っててもきちんと時間通り来られる場合が多いです。

しかし、やはり年齢が上がるにつれて付き添いの親御さまの年齢も上がりますので、親御さまが70代ぐらいになりますと、逆に付き添いの方が体調を崩されてキャンセルになるという場合はあります。

本当に「正解がない」というか、1人1人としっかり向き合っていくことが重要なんですね。

(三木)そうですね、もちろん「障がい者歯科」の知識は勉強したうえで臨んでいますが、患者さまの表情や仕草、付き添われるお母さまとのコミュニケーションなど、現場からでないと得られない情報も多いです。やっぱり子育てをしている親御さまが、お子さまのことを一番よく見ていると思います。

(藤村)同じお子さまでも、どこまで治療ができるかはその日の調子によって変化します。そのあたりはご家族が一番よく分かっていらっしゃるので「今日はここまでやってみましょう」と相談をさせていただきながらというのが、この障がい者歯科の分野には多いと思います。私たちだけでは進まない、ご家族あってのスペシャルニーズ歯科です。

いずれは特定のドクターだけでなく、どのスタッフでも対応ができるようにして、患者さまが1人立ちできるようにトレーニングを積んでいくことが一番の目的になります。今はわざわざ遠方から来てる方もいらっしゃいますし、スタッフと日時を選ばないのが理想的です。

(三木)現状では、木・金曜の2日間に必ず私たち2人がいる体制が整っているんですが、当院は年中無休で診察しておりますし、藤村先生もおっしゃるように、いつ来ても、どのスタッフでも対応できるというのが本来の理想になります。

今後はさらに院内研修なども重ね、対応できるスタッフを増やしていきたいと思っています。


▼参考記事


(写真:平澤貴大)


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