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父と私

ふと気がつくと、
完全に「中年のおっさん」になっていた。
50歳。

「若輩者なので...」というセリフが、謙遜ではなく、
単なる自己認識の甘さ、を意味してしまう年齢である。

もう少し、ピシャーっとせなアカンなぁ...と、
自分をけしかけてみるものの、出るのはため息だけである。

6年前に亡くなった父と私の年齢差は27歳。

1990年代前半の新人社会人だった私が、

「クソ面白くもない社会だ、真面目に生きる価値などない人生だ。」

と、毎晩浴びるように飲んでいた頃、父は現在の私と同年齢だった
ということになる。

少し考えれば分かることなのに、これには少なからず
動揺してしまった。


父と私は何かにつけて衝突していた、というより、
私の方が一方的にケンカを売っていただけかもしれない。


愚直に、誠実に。それが父の人生哲学だった。

父がいなくなって6年と少し、
最近少しずつその意味が分かるような気がしてきた。

ひねくれ者の私は、仮に父がまだ存命ならば、
相変わらずそれに反発していたかもしれない。

相手が死者だからこそ、学べる、素直になれるということも
あるんだなぁと、静かに思う。

生きている間は、他者との衝突は、不可避だ。
ならばせめて自分が死んだ後、自分を覚えてくれている人たちには、
あいつ面倒くさい奴だったけど、まあ何となく良いところも
あったかもしらん。
と思ってもらえる生き方をしたいなぁと思う。

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