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116 やきとり屋はじめました 


はじめに

今日の教育コラムは、研究しつづけることの大切さをテーマにお話ししたいと思います。私自身は、研究をするという行為をやめるときは、物を教える仕事をやめなければいけないといつも考えています。
研究というと何か難しいことのように思う人が多いように思いますが、この行為は「生きる行為」そのものなのです。

焼き鳥屋

少し前の話ですが、このことを強く感じた研究者との出会いがありました。私の教え子が「やきとり屋」を少し前にオープンさせた際のお祝いの席で聞いた話です。
もともと彼は、北海道の大学で農業について研究をしたいと願い、努力の末に北の大地へ進学しました。特に、品種改良の高度な研究に関心をもって学んでいたのです。
大学を卒業して、大手食品メーカーに就職した彼でしたが、3年ばかり研究職として務めていたころ、商品開発の素材を求めて九州のとある地域を訪れたそうです。求めていた食材は「鳥肉」でした。
鶏肉と言っても地鶏と呼ばれるブロイラーでは出せないような、鳥本来のうまみが詰まった鳥肉でした。彼は、十数種類の地鶏の様々な部位を分析し、研究を重ねました。商品開発は見事に成功し、ヒット商品を生み出しました。彼は、その経験の中でとある出会いをしていたのです。

出会いと決意

それは、商品開発に採用した2つの養鶏場の生産者の方との出会いだったそうです。正確には、生産者の方の努力や工夫、情熱や愛情といったものに出会ったのです。その出会いが、心の中の何かをくすぐったそうです。
数週間、数か月と時間がたつにつれて、「うまい鳥肉がつくりたい」という願いが心の中で膨らんでいった彼は、それまでの貯えを使って農園を購入し、鳥の飼育に挑戦することを決意しました。
それから、3年間、何度も何度も、何種類も何種類も「餌」「鳥の種類」「鶏舎」「飼育方法」「肉の加工方法」の研究に没頭していったそうです。時には、ヨーロッパや中国の食用の鳥を求めて旅をしたということです。

一から作るような研究

誰かの苦労や恩恵を受け入れて、その良さを生かして素材を加工し、商品化することも十分に素晴らしい研究の一つだと思います。彼は、子どものころからそうでしたが、一から自分でやらないと気が済まない子どもでした。
つまり、人を感動させるような食品や製品を手掛けようとするならば、その素材からとことん自分の手でこだわり生産したかったのだと思います。
さて、それから4年の間に彼の生産する鶏肉は、その味の評判でお取り寄せランキングにも乗る程に人気の商品となりました。そこからどうして「やきとり屋」のオープンへとつながっていったのでしょうか。

つながる研究

彼は、自分が販売する鶏肉にとても愛情をもっていました。ですから、彼は、自分の鳥肉を使ってくれている様々な飲食店へ、お忍びで食べに行くことを休日の楽しみの一つにしていました。
そこで彼が感じたのは、自分の鳥肉のほとんどが高価な食材として高級料理に使われていることへのどこか寂しい思いでした。もっと多くの人に手軽に食べてもらいたいと考えるようになったそうです。
そんな時に彼の頭に浮かんだのは、自分が小さなころから好きだった町の鳥肉屋さんの一本80円の「やきとり」でした。しかし、肉の質を落とすことはできませんでした。そこで、経営も安定してきた農園が出資して、自分で「やきとり屋」を出店することを計画したのです。
自分の生産した食材を自分のお店で売り出すことで、安くおいしく高品質の鳥肉を提供しようと考えたのです。そこからさらに2年をかけて店の設計、調理人探し、メニュー開発などなど新しい研究の日々が続いたそうです。

プレオープン

そのお店のオープンに先駆けて行われたプレオープンのお祝いの席で、彼の口から、ここまで話してきたような道のりを知りました。目頭を熱くしながら語る彼の横で、我慢できずに両手にやきとりを握り、もりもり食べている彼の息子の姿を見た時に、彼の研究の成果のすばらしさを改めて感じたのは、私だけではなかったはずです。また、「生きる行為」は「研究する行為」そのものだということをしみじみ感じることができました。
教え子が大学での学びも含めて、13年の研究成果を込めた「やきとり」で飲んだ一杯のビールの味がなおさら「生きている実感」を教えてくれた瞬間でした。


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