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172 地球平面説ってなに?

はじめに

最近、地球平面論者と呼ばれる方の著書を目にしました。読んでいる途中で気分が悪くなり、イライラが募りました。
科学を否定したような物言いで、自分たちの理論に対して都合の悪いことは捏造であるとか陰謀であるといった言い方で説明を済ませようとしている点が最も不愉快でした。
しかし、そんな怒りで物事を見ていても何も解決しませんので、落ち着いて中身を読んでいきました。しかし最後までよくわかりませんでした。わかったことと言えば、宇宙という未だに解明できない世界についてフラットアーサーと呼ばれる地球平面説を信じている人々も探究を続けているのだということでした。
本を読んで虚無感をなぜ、こんなにも感じたのかを今日の教育コラムではお話してみたいと思います。

天動説から地動説へ

今から1800年ほど前に、プトレマイオスという人物が、描いた宇宙の姿は、地球の周りを太陽やその他の星々が公転している説でした。
この説は、約1300年という長い年月にわたり天文学の常識とされてきました。特にヨーロッパでは宗教と結びついて絶対的な真理とされてきました。それが、今から約400年ほど前に衝撃的な事実と共に宇宙に対する人々の理解が大転換されます。それが、コペルニクスの唱えた太陽の周りを地球が公転しているという地動説です。
このコペルニクスの説をさらに疑いようがないように証明したのが、ガリレオという人物です。ガリレオは、望遠鏡を用いて宇宙の真の姿を明らかにしました。さらに、ニュートンは万有引力の法則を用いて、引力というエネルギーのより、私たちが回転する地球から放り出されないことも含めて、宇宙の姿を明らかにしていきました。
私たちは、地球儀のような形の地球の姿を当たり前と考えていますが、それは、科学的な営みの歴史に信頼を置いているためです。そして現在では、実際に宇宙に人が出向き、地球を見下ろすことができるわけです。そうした中では地球平面説は通用しないわけです。
平面説を唱えている人々一人ずつを宇宙に連れて行って地球を見せてみれば、美しい球体であることをきっと感じるのでしょう。

知識や情報を批判的に見ることの必要性

地球平面説を信じることは到底できないわけですが、フラットアーサーと呼ばれる皆さんの学ぶ姿勢として、批判的な意見や批判的な目をもつという姿勢は決して無駄だとは思いません。
科学だからと言って何事も絶対的な正しさを持ち合わせているわけではないのです。天動説から地動説に宇宙観が大転換されたような事実はあるわけですから当然、批判的な目をもち続けることは大切なのです。
しかし、科学的な物の見方自体が全くできないことも問題なのです。つまり、学びとは思い込みや行き過ぎた思想とは別の科学的な冷静なそして緻密な積み重ねも重要だということだと思うのです。

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