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472 終戦記念日

はじめに

明日、8月15日は終戦記念日ということで、全国各地で平和の式典や先の大戦を振り返る日となっています。今日の教育コラムでは、8月15日について少しお話してみたいと思います。

9月2日

日本人の多くが、「終戦記念日」を8月15日と考えていますが、世界の様々な国では、9月2日または3日を太平洋戦争の終戦の日としている国も多いように思います。
それは、日本の降伏調印式は1945年9月2日だったことを考えると自然かもしれません。日本が東京湾上に浮かぶ米戦艦ミズーリ号で調印したのは、8月15日ではありません。この調印の様子は、ラジオの実況中継で全世界に放送されていました。
社会の資料などでもこの様子は、画像で紹介されていることが多いです。また、トルーマン大統領はラジオの実況中継後にアメリカの全国民に向けて演説しています。演説の中で第二次世界大戦を勝利で終えたことを宣言しています。ですからアメリカでは第二次世界大戦の終了は、必然的に1945年9月2日となるわけです。

ロシアや中国では

ロシアでも対日戦勝利は9月となっていますし、中国でも軍事パレードを予定するのは9月が多いです。中国では、9月3日を「日本の侵略に対する中国人民の抗戦勝利日」としていることからもやはり終戦は9月2日なのでしょう。このように日本と敵対国であった国を見てみても日本人にとっては8月15日が大変印象深いですが、9月2日が一般的だと言えます。 

なぜ、日本人は8月15日なのか

日本人が終戦としている8月15日とは何があった日なのでしょうか。それを考えることが重要だと思います。日本は、太平洋戦争に敗戦しました。
1945年8月15日に天皇陛下は戦争後の日本の在り方を定めたポツダム宣言の受諾を日本国民と大日本帝国軍人に「玉音放送」という形で直接語り掛けました。放送で天皇陛下は、武器を置き、敵対行為をやめるように命じました。戦闘状態をいったん休止する「休戦宣言」をした日でもあるのです。実際には、ポツダム宣言を受諾したのは8月14日でした。全世界にはこのことは公表されていました。

ロシア(旧ソ連)の行動

ソ連は1945年8月9日に対日戦を開始しました。降伏調印が行われている9月2日に、北方領土の歯舞島攻略作戦を発動したのです。そして、9月5日に千島列島全島の占領を完了させました。ですから、日本への侵攻作戦実施中の9月2日を戦勝記念日とは言えなかったのです。

戦争の記憶

私たちは、戦後間もない日本ではありません。歴史的な検証を終え戦後の責任問題についても様々な国との間で解決に向けて取り組んできました。
主権の回復や経済的な自立、各国との国交の正常化など歩んできた道は険しく長くかかるものばかりでした。
しかし、北方領土の不当な占拠や竹島の実行支配など未だ解決できない問題は山積しています。来年で80年が過ぎようとしています。この問題が解決する日が来るとしたらそれはいつなのでしょうか。もしかすると戦争の歴史に対する国民の意識や記憶が消えて、問題自体が認識できなくなる日が先に来てしまうかもしれません。私は、8月15日という敗戦を認め、戦争をやめると決断した日を終戦記念日としている日本の姿勢に誇りを持っている一人です。戦争という行為と79年間にわたり距離をしっかり置き続けてきた国は、日本だけとは言いませんが少なくとも我が国は平和を守り続けています。
8月15日という敗戦記念日を終戦記念日としてきたことが私は大切だったのではないかと思います。

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