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ぼくらは踊るよ、踊り場で

この文章は、たった一人の事を頭に描き、その人に届けるために記載しました。今の成長の踊り場を楽しみ、前に進もう。君の未来はきっと明るい。

序文

どうやったら、プロダクトマネージャーになれますか?

メンバーとの会話や、学生との面談などでよく聞きかれる質問のひとつだ。この質問は「どうやったら、私にプロダクトを任せてもらえますか?」という意味と同義だと思う。

答えは「その時が来たら」でしかない。何もない人には、その時は訪れることはない。では、「その時」はどうしたら訪れるのだろうか。

その時は、踊り場を楽しめた人に来る。それがぼくの答えだ。

ぼくたちを取り巻く情報という名の力

ネット、SNS、テレビ、雑誌、そこから発信される様々な広告。そして、その広告から発信される甘美で誘惑的な声。インスタは虚栄の写真に溢れ、Twitterでは無慈悲で攻撃的なツイートが飛び、Facebookには自己欺瞞と承認欲求のメッセージで満たされる。

ぼくたちは、戦争の中にいる。あふれる情報との戦争の中に。

友人が上げた写真を羨ましがり、世間で成功している人を目標にし、社内では自分と違う面白そうな仕事に携わっている人を羨望する。

多くの人は、それら情報と今の自分とのギャップに悩む。あの人は、あんなすごい位置にいるのに、わたしは何も出来ていない。このままでいいのだろうかと。今ではなく未来、内ではなく外だけを見て、今の自分とのギャップを見出してしまう。

ここ数年でPMに関する情報も増え、多くの有益な情報がここかしこで発信されている。とてもありがたく喜ばしい反面、溢れた情報に左右されている人を目にするようにもなった。

かつて、ぼくはそうだった。

ことばは、祝いにも呪いにもなる

4年前のこと。プロダクトマネージャーとして一つのプロダクトに従事していたぼくに、役職的に上位に上がるタイミングがやってきた。組織の部長に推してもらったのだ。プロダクトも組織もより広範囲で見ることになる。

今だから言えるが、ぼく自身は望んではいなかった昇進だった。その時、今でも覚えている言葉がある。とある人に言われた言葉だ。

岡田さんは、部長になった。しかも一部上場企業の部長だ。周囲の見方が変わる、部長に相応しくない行動を取っては行けない。

周囲からの見られ方は本当に変わった。いち個人というより、”部長”として見られるようになり、慣れてないぼくは、コミュニケーションがギクシャクする事がつづいた。

プロダクトを作る事は好きだし、サービスも大好きだ。しかし、部長という言葉の意味、その役職が示すべき姿勢や行動を理解できていなかったのだと思う。

Googleの検索フォームに「上場企業 部長」と打ち込んで只々眺めている日もあった。答えなんてある訳がなく。部長としての立ち振る舞いなんて、全くわからなかった。

それまで、比較的自由に動けてきたぼくに「部長の立ち振る舞い」という言葉が邪魔することが増え、主体的な発言や行動が減っていった。

これまでのキャリアの中で組織マネジメントに強みがあると認識していた僕に、部長という古めかしい役職名が呪いとして降りかかってきたのだ。そして、マネジメントの踊り場がぼくに訪れた。

後に、今は転職してしまったメンバーに言われた言葉がある。

岡田さんが部長なった時。なんか、毎日つまらなそうでしたよね。それまでの岡田さんらしさが無くなったというか、思い切った感じが無くなってましたよ。

理想像すらわからず、自分自身の弱い部分や、成長への不安を感じ、ただただ前に進めていない自分がそこにはいた。今でも思い返すと、人生で何度か訪れている暗黒期だ。

結局、そんな僕を救ってくれたのはたった一つのシンプルな考え方だった。

必ずやってくる踊り場と、さらなる成長の階段

たった一つのシンプルな考え方。それは、踊り場の今を肯定し、踊り場を楽しむという、とても単純な考え方だ。

この本に書かれていることはとてもシンプルだ。成長の過程には踊り場が必ず存在するということ。そして、それは必ず乗り越えられるということ、その方法論や心の姿勢が書かれている。

いま踊り場にいる君が目指しているプロダクトマネージャーは、学ぶべきことが多い。必要スキルは仕事の中だけで身につくものは少なく、ひたむきな自己研鑽が欠かせない。僕らPMは常に成長の階段と踊り場で戦い続けなければいけない。

自己研鑽をし続けられたからといって、常に成長し続けられるとは限らない。そこには、成長実感の無い「踊り場」というものが必ず存在する。

プログラムを学び、基本的なCRUDなアプリを作ることはできた。当初は喜びに満ち溢れていたけれども、次にどうしたいのか思い浮かばない。
新卒で入社した部署でサイト運営の仕事を覚え、ただひたむきにやっている。しかし、これが自分の理想としているPMの姿なんだろうか。

自己研鑽をし続けていてもすぐにチャンスが来るとは限らない。若い時はルーチンワークに日々終われることも多く、このままで良いのか・・・という囁きが必ず耳元で聞こえてくる。

そして、いつしか成長という階段からいつの間にか降りてしまっていることに気づく。

なぜか。まずは、成長という階段に必ず存在する踊り場という敵を知らないからだ。

継続する事ができない典型的な3つのタイプ

繰り返しになるが、成長過程において、踊り場は必ず存在する。例外はない。世の中で、輝いて見える人にも過去には必ず踊り場が存在した。しかし、そういった情報が表面にでてくることは少ない。

だからこそ、ぼくらは世の中で第一線で動いている人には踊り場はなかったと勘違いをし、いま踊り場にいる自分に不安を感じてしまうのだ。

まずは、敵を知ろう。踊り場から滑り落ちてしまうタイプには3つある。

①ミーハー型(心があちこちに移ろいやすいタイプ)

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ひとつめはミーハー型。このタイプはミーハーであるがゆえ、初期の上達が見えてくると、すぐに有頂天になってしまう。急激に上達して、その後に踊り場が来ると、我慢ならなくなって熱心さを失い、サボり始める。

それでも、何とかして自分を正当化したいと言う気持ちでいっぱいになり、”これは、今の自分には不要だった”もしくは、”今は別のことを学んだほうがいい”など、自己正当化を始めてしまう。

そしてミーハー型は、過去に味わった熱中のシナリオをもう一度繰り返したくて別の学習をはじめてしまう。

②せっかち型(考え方が偏狭でゆとりがないタイプ)

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2つ目のタイプはせっかち型。現実主義でゆとりのないこのタイプは、成果を素早く手に入れることに執念を燃やす。常に最短距離で行こうとするこのタイプは、周囲の情報の影響だろうか、最近の若手に多く見られる。

このタイプの人は、最初からすごい勢いで上達する。しかし、自分に踊り場があることがわかると、途端に受け入れられることができなくなる。さらに一段ともがき努力をする。

踊り場の必要性など全く眼中になくジェットコースターのような上下運動を繰り返し、その後に確実な転落が始まる。いったんの後退が始まると、せっかち型は傷つきやすくさらに落ちていく。

③のらりくらり型(意気地がなく、熱心さに欠けるタイプ)

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最後は、のらりくらり型。このタイプはちょっとでも上達のコツを飲み込むと、踊り場に長くとどまっても全く気にしない。仕事では、文句を言われない程度に済ませ、時間通りか少し早めに退社し、休み時間はきっちり休憩する。

それでいて自分がなぜ昇進しないのかと考え込む。成長と言うことに執着がなく、今を楽にするには・・・という思考につながりがちだ。

**

人は、それぞれのタイプに完全に一致するというより、複数のタイプを掛け持ってる事が多い。まずは、踊り場の存在を認め、自分自身がどのタイプなのか、どのタイプの傾向が強いのかを理解することが大事だ。

いったん、立ち止まって自分がどのタイプ化を振り返ってみてほしい。踊り場を楽しむためには、まずはそこから始まる。

踊り場を楽しむたった一つの冴えたやり方

自分のタイプを理解した上で、どうしたらよいのだろう。結論から言うと、必ず訪れる成長と上達の時を待ち、いまの踊り場を愛するしかない。先の書籍では、このように表現されている。

踊り場を愛するとは、永遠の今を愛することであり、必ず訪れる上達のスパートを楽しみ、達成という果実を味わうことであり、さらにその後すぐに訪れる次の踊り場を澄んだ気持ちで受け入れることなのだ。

踊り場にいる時は、周囲の情報に敏感になり隣の芝生が青く見えるものだ。しかし、その踊り場は必ず終わりがやってくる。

オリンピック選手のピーター・ヴィドマーのセリフがある。

”お金、名声、メダルなどのために何かをやろうとする人は強くなれません。私にとって体操は楽しいものでした。オリンピック選手になろうなどとは全く考えていませんでいた。”

ぼくはインターネットが好きだし、仕事も好きだし、今の会社で一緒に働く人達が好きだ。そしてなにより、今の自分のHRの仕事には、待っている求職者であるユーザーと企業がいる。

自分自身が踊り場にいるんだという認識を持ちはじめ、ある日改めて自己を振り返った時に「ここにいる自分」いま、ここの位置まで自分を持ってこれた自分を誇らしく思えた。そこから、社会に対しての貢献実感をより強く感じることができた。

そして、ウジウジしている自分が途端に馬鹿らしく思えた。

ぼくはまだまだ未熟だが、この踊り場の先にはまた一つ違った成長をした自分にきっと出会える。であれば、その時を楽しみに待ちながらも、いまという踊り場を受け入れ、楽しんだ方がいいと思えた。

その日からぼくは徐々に変わることができた。

締め

どうやったら、プロダクトマネージャーになれますか?

答えは、来たるべき「その時」に向けて常に成長しつづけることだ。今もっているルーチンワークは辛いかもしれない。自己研鑽をし続けても成長実感を持てなくているかも知れない。

今、君がこの場所にいるのは「何かしらの好き」があったから、きっとこの場所にいるはずだ。それは、HRかもしれないしインターネットかもしれないし、開発かもしれない。その好きという気持ちを持ちながら、今自分は踊り場にいるんだと澄んだ気持ちで向き合ってみないか。

その先には一段成長した自分に出会え、また新たな踊り場で踊れるのだ。


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