誕生日を知らない超ブラック企業勤めの青年が慶應義塾大学への進学を目指した話 ⑤

月間480時間労働なんて私の社会人人生において経験したことがないものであり(広告代理店でも外資系金融でもここまで働くことは非常に稀(まれ)だ。仮にあったとしても巨大プロジェクトの山場もしくは事故発生時といった特別な事情があった場合にしか生じない)しかも言質から想定できるのが、それを恒常的に、アルバイトという立場で行っているということだ。そこで新たな疑問が浮かび上がる。

「それだけ働いていつ勉強しているの?・・・」

「仕事終わってからですね!毎日2時間から3時間は勉強していますよ!」

自信満々に勉強時間を私に向かって褒めてくれとばかりにアピールしてくる。だが受験生なら3時間程度の勉強時間は全く多くなく、むしろ少ない方に入る。いや、ここまで働きながら勉強するのはもちろんすごいことではあるが。

「事情はわかりました。模試を受ける時間がないくらい休みなく働いていて、その中でも3時間は毎日勉強していたけれど、壁にあたって、どうしていいのか分からなくなったから依頼してきた。ということでいいかな?でも現状の学力が分からないと僕としても何から手をつけていいのか分からないというだよね。」

「そうです。1年間毎日勉強し続けてきたのに手応えがないというか。過去問みても全く分からない、分かるようにならないので僕の勉強方法の何が悪いのか教えていただきたいのと、今後どのようにすればいいのか指導してほしいのですが・・・無理でしょうか。」 

「無理とかいう前に、君の現状と志望校との差を見て、それを入試日までにどう埋めるのかを考えるのが僕の仕事だけど、学力の現状も分からないし志望校もはっきりと分からないままでは困るかな。」

「そうですよね・・・一応今までこの教材で勉強を進めてきました。見ていただけますでしょうか。」

ボロボロになった複数の参考書をカバンから取り出し、テーブルの上に乗せ私に見せてきた。そこには「書き込み」「折り込み」だけでなく読み込んだ彼の努力の痕跡が現れた。経験則にしか過ぎないがここまで使い込んでいるのであれば偏差値55はある、と推測できる。

使用していた参考書は、

・英語

単語「システム英単語」

文法「ポレポレ英文読解プロセス50―代々木ゼミ方式」

・世界史

「世界史B一問一答【完全版】2nd edition (東進ブックス 大学受験 高速マスター)」

・過去問

「慶應義塾大学法学部の過去問」

の4冊だった。

 

「予備校のチューターさんに聞いて、良いと言われた参考書をやっているのですが過去問が全然解けるようにならないのです。何故でしょうか。」

「英語の単語帳は別として、この英文法書は基礎力が一通りついている人が使う本だね。試しにこの文章とかどういう構成になっていてどんな訳になるか教えてくれる?」

ここから1時間ほどダイキ君の問題への取り組み方や考え方を聞いて判明した。

彼は参考書の答えを暗記して、【勉強した気になっている】。そして【勉強時間=努力】だと盛大な勘違いをしていた。この問題の答えは①、なぜそうなるのか理由を聞いても参考書に記載されているものをそのまま伝えてくる。その他にも致命的な欠点を抱えていた。それは【読むスピードが遅すぎる】ということだ。1分あたりに読むことが出来るスピードをwpm(WORDS PER MINUTE)というが、センター試験で余裕をもって読むことが出来るスピードは「120wpm」といわれている。(目安として、難関大学だと150-160、慶應義塾大法学部の場合だと「160wpm」が要求される)しかし彼の場合、なんと「25wpm」しかなかった。問題文の英文を読むのに1問1分ほどかかってしまっている。何故かというと、1単語ずつ声に出し、かつ指でなぞりながら読み進めている。その為、関係文を含む複雑な英文になると読み戻りが発生し、そのうちどこまで読んだのか分からなくなっている。

「今まで時間を測ってやったことなかったので分かりませんでしたが、僕って読むスピード遅いのですね・・・」

「そうだね。今、簡単に測定してみたけど平均的な受験生の3分の1以下しかないね。英文法とか長文問題に取り組む以前の問題だよ。多分日本語訳読んで問題解いても時間内に解き終わらないと思います。」

彼自身自覚のなかった課題を理解したようで今後の行動指針が明らかになったこともあり、少し晴れやかな顔を見せ、期待に満ちた顔で目を合わせとんでもない言葉を発した。

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