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夫のどこが良くて結婚したのか。

夫はご飯を美味しそうに食べる。
その姿が実に気持ちよい。
残さず何でも食べる。

私のテキトーすぎる手抜き料理でも
『え?もしかして天才?
あなたは味付けの魔術師ですか?!』
とそれはそれは褒め称えてくれる。
例え料理の素で炒めようと、冷凍パスタをチンしたものでも、カップ麺にお湯入れただけでも、、、。
『さすがだね〜』『美味しいね〜』とまぁ〜とても嘘くさいにしても褒め殺しをしてくれる。

あまりにも褒めてくれるので私は料理の才能があるのではないかと一瞬恥ずかしい勘違いした事もあった。。。
主婦で子持ちでも料理本のような繊細な手間と素晴らしい見た目で仕上げる人がわりと数多くいる事を知り、そんなレベルでは無かったのだと自分の愚かさを思い知ってからは、勘違いはしないでおこうと思うようになった。
今現状、どれだけ料理時間を手抜きできるかしか考えていない。
それなのに、夫は文句も言わず美味しいと完食してくれるのだ。

私の父は偏食で、母の作った料理に手をつけず横でレトルトのカレーやら買ってきたコロッケを食べ始め、手作りのものでも味見もせずに醤油をドバっとやっちゃうような人だ。
幼い頃はそれが作り手にとってどんなに残酷な事か分からなかったけど、母は心の中で何度も泣いていたんだろうと思う。
それでも40数年結婚生活を続けている母、すごいな。
母は母なりに他の父の優れた部分を尊敬しているのだと思う。けど、やっぱりすごいな。

それが自分だったらと置き換えて考えてみると離婚原因にもなりかねない心に傷を負う行為だなと私は感じてしまう。
誰かに毎日料理を提供する立場になり考え、思う事。
この積み重ね、毎日の食事は生きる事。人生共に歩む事に通じる気がするのだけど。

子育ての事での価値観のズレ、些細な言い方が気に入らない事、無神経な態度、お互いに喧嘩する要素も詰まった毎日。
もちろん喧嘩もするし、危機的状況も幾度かあった。

だけど夫は分かっているのかも。美味しく完食で家族が幸せになる事を。
そこを私は尊敬するし、だからこの人と結婚したんだと納得出来る部分なのだ。
どちらかのレールが脱線しなければ、この先もこの些細な配慮で私たち夫婦が継続されていくのではなかろうかと思う。

私が単純なのか、夫があざといのか。。。
まだ未解明な部分だ。

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