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【無料公開】日本初、民間の臨時調査会が日本のコロナ対応を検証した『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』より序文を無料公開します【緊急出版】

電子書籍が10月18日、紙書籍が10月23日に発売される『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』は、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブにより発足された「新型コロナ対応・民間臨時調査会」が、新型コロナウイルス感染症に対する日本政府の取り組みを中心に検証してきた成果です。今回は本書より、序文を無料公開します。

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なぜ「コロナ民間臨調」をつくったか プログラム・ディレクターからのメッセージ

2020年4月7日、政府は、新型インフルエンザ等対策特別措置法(改正特措法)の規定に基づき、緊急事態宣言を発出した。

東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県がその対象となった。安倍晋三首相は宣言を発表するにあたって、「海外で見られるような都市封鎖を行うものではなく、公共交通機関など必要な経済社会サービスは可能な限り維持しながら、密閉、密集、密接の3つの密を防ぐことなどによって、感染拡大を防止していく」との点を強調した。

戦後、政府が緊急事態宣言を発出したのは、2011年3月11日の福島第一原発事故と翌日の福島第二原発事故に対する原子力災害特別措置法に基づく緊急事態宣言を出して以来、これが3度目である。感染症に関するものとしては日本史上初めてとなった。

その後、国民一丸となっての努力の結果、1日当たりの新規感染者数も死亡者数も減少傾向に転じた。あとでわかったことだが、4月7日、緊急事態宣言を出したときには、かなり顕著な国民の行動変容が始まっていた。発症日でみた新規感染者数も既に減少傾向にあった。

そして、政府は5月25日、緊急事態宣言を全面解除した。安倍首相は「我が国の人口当たりの感染者数や死亡者数は、G7、主要先進国の中でも圧倒的に少なく抑え込むことができている。これは数字上明らかな客観的事実」と述べ、日本の取り組みの成果は「日本モデルの力」であると胸を張った。


たしかに、主要先進国の中では日本のパフォーマンスは十分に及第点のように見える。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は同日定例の記者会見で日本の封じ込めについて「ピーク時は1日700人以上の感染者が確認されたが、今は40人ほどにとどまっている。死者数も少ない。日本は成功している」と述べ、評価した。

ただ、台湾、ベトナム、韓国、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、中国などに比べると人口比感染者数・死者数とも見劣りする。しかもその後、感染者数は再び、増えている。それでも、脇田隆宇厚労省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード座長は「7月の27〜29日以降、穏やかな下降が続いている」と述べている。私たちはおそるおそる、そしてだましだましこのウイルスとの共存術(WithCorona)を覚えつつあるのかもしれない。

しかし、私たちはなお不安である。新型コロナウイルス感染症そのものがまだ不確実性に包まれている。

たしかに、たまたま今回は何とかしのいだ。しかし、それは偶然の産物ではないのか。この間の効果は一回こっきりのことで次には期待できないのではないか…こうした不安感が拭い去れない。

その上、「日本モデル」と言われるものの正体がはっきりしない。
国民の不安がなかなか消えないのも故なしとはいえない。
そもそも、「日本モデル」とは何なのか。


新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は5月29日、「日本モデル」という言葉を避けつつも成功要因について「国民皆保険のおかげで医療のアクセスがよいこと」や「全国に整備された保健所を中心とした地域の公衆衛生水準が高いこと」「政府や専門家会議からの行動変容の要請に対する協力の度合いの高さ」などを挙げている。

しかし、国民のPCR検査へのアクセスは不確かかつ不十分だったし、保健所は「目詰まり」状態だったし、政府と専門家会議が国民に伝えるメッセージは時にちぐはぐだった。

それに「日本モデル」は感染症拡大防止と経済安定の「両立」がうまくいってこそモデルとして高らかに宣言できるはずのものだ。しかし、肝心の政府はいまだにその論理を明確にしていないし、公式見解も示していない。

もし、それを提示するのであれば、政府の取り組み・政策とその効果の検証を行った上でその両者の因果関係や相関関係を究明しなければならないが、現時点(2020年9月20日)で、政府はそのような本格的検証をいつ行うのかを決めていない。国会にもこれまでのところそのような動きはない。

検証作業を進める過程で、政府の主要幹部からは「(政府としての)検証は時期尚早」「検証をするような贅沢はまだまだ」という声も聞いた。また、まったく別の観点から内閣官房幹部の一人は「日本には政府の専門家会議の主要メンバー以外、感染症のトップクラスの専門家は少ない。政府が今回のコロナ対応を自ら検証するとしても誰がここのところを検証するのか、その点が難しい」という感想を漏らした。

いかにも、この危機はなお現在進行形であり、不確実性が多すぎる。政府も二の足を踏んでいるような検証対象に切り込むには、相当の覚悟を持って臨まなければならない。せっかちな検証には慎重でなければならない。

しかし、当初の不確実性のうちどの不確実性の霧が少しでも晴れてきたのか、どのような対策がどんな成果を上げたのか、うまくいかなかったのか、なお不確実な点はどこか、それらを検証することで新型コロナウイルスの次の大波とさらにはその後のより手ごわいパンデミックによりよく備えることもできるだろう。

これまでの取り組みのうち、ベストプラクティスは何か、うまくいかなかった点はどこか、それはなぜなのか、課題は何か。それを知っておくことは日本にとって、また世界にとって重要な手がかりを与えるはずである。それを政府とは独立した民間のシンクタンクが行うことの意味もあるはずである。

感染症は、私たちの健康と生命、生計と生活、そして自由と人権を破壊する恐ろしい脅威であること、そしてそれはまさに国家危機管理と国民安全保障の課題そのものであることを私たちは今回、思い知らされた。その観点から見れば、日本の備えは足りないことだらけではなかったのか。
よりよく備えるために、いま、ここで、検証を行わなければならない。


何を検証するのか。今回は新型コロナウイルス感染症に対する日本政府の対応と措置を中心に検証することにした。

日本(と他の東アジア諸国・地域)が人口比の感染者数と死者数が欧米に比べて際立って少ないことに関してはBCG接種率、ゲノム、免疫応答の人種差などさまざまな免疫上さらには人種的な要因─いわゆるファクターX ─の存在も指摘されている。

しかし、今回はこうした要素は主たる対象としては取り上げていない。現時点でそれらの多くは仮説の域を出ないということに加えて、人々の行動変容をもたらしたことも含め政府の取り組みやそこでの危機対応のガバナンスのありようを検証することが次への「備え」という観点からもっとも必要であると考えたからである。

もう一つ、「日本モデル」をどう扱うか。日本のコロナ対応には日本的な特徴があり、政府はそれを「日本モデル」として括った。

この報告書は、あくまで日本政府の対応と措置を検証することに眼目があり、「日本モデル」論を展開することが目的ではない。だいいち「日本モデル」という言葉はよほど注意して使う必要がある。それは今までの取り組みでもう十分、この伝でやればいける、少なくとも日本はやれる、という妙な自信を生むことになりはしないか。


私の念頭を離れなかったのは、民間事故調報告書の最終章で記した次のような警告である。
「同じ危機は、二度と同じようには起きない」
 そして、
「同じ運は、二度と同じようにはやって来ない」
 にもかかわらず、今回の検証は結果的には日本の取り組みに特徴的な「日本モデル」をも検証することにもなった。副題を「日本モデル」とは何か?とした所以である。

ただ、検証時期をいつからいつまでとするのか、という点は正直なところ悩ましい。できれば直近まで範囲に入れたい。その方が少しでも歴史の高みに立って過去をよりよく見通せる気がする。

しかし、ここは、日本で最初の感染者が確認された2020年1月15日とその後の武漢からの邦人と家族のチャーター便帰国オペレーション(第一便は1月29日)あたりから、6月17日の通常国会閉会と翌日のベトナム、タイ、オーストラリア、ニュージーランドとの出入国再開協議開始方針の発表、さらには7月17日の骨太方針の閣議決定あたりまでを検証の対象範囲とした。

緊急事態宣言に向かう2か月余りと緊急事態宣言解除後の2か月余りを含むこの半年間の過程に第一波に対する日本の経験の本質は凝縮されており、「日本モデル」の真実と虚実もまたそこにうずくまっているだろうからである。

独立系シンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)はそのような問題意識を持ち、日本政府の取り組みを検証することを目的として、2020年7月30日、「新型コロナ対応・民間臨時調査会」(コロナ民間臨調)を発足させた。

小林喜光三菱ケミカルホールディングス取締役会長(前経済同友会代表幹事)に委員長に就任していただき、大田弘子政策研究大学院大学特別教授(元経済財政政策担当大臣)、笠貫宏早稲田大学特命教授(元東京女子医科大学学長)、野村修也中央大学法科大学院教授(森・濱田松本法律事務所客員弁護士)の各氏に委員を引き受けていただいた。

小林さんは、現在、規制改革推進会議議長を務める日本の経済界を代表する国際派かつ改革派の財界人である。若き日、海外で研究に励み、博士号を取得された時からの科学者魂をいつまでも維持しておられる方である。趣旨をご説明し、委員長就任をお願いしたところ二つ返事で引き受けてくださった。

大田さんは、公共経済学専門のエコノミスト。学究から内閣府に出向し、経済財政分析を担当、その後、安倍・福田両内閣で経済財政政策担当大臣を務めた後、大学に復帰した。政策の理論と実務の双方を極めた政策起業家である。笠貫さんは、長年、循環器内科学を専門とする医師であるとともに生命理工学専攻の学究でもある。現在、日本医師会COVID-19有識者会議副座長を務めている。

野村さんは、コーポレート・ガバナンス、コンプライアンス、規制改革の研究で知られる。
1998年に初の民間官僚として金融監督庁参事に就任。福島原発事故に関する国会事故調査委員会(国会事故調)委員を務めた。

これ以上望めない最高の布陣の委員会を発足できたのは望外の幸せであった。委員の方々には報告書でそれぞれメッセージをお願いした。

委員会は4回、開催した(第一回:7月30日、第二回:8月29日、第三回:9月19〜20日、第四回10月6日=予定)。

委員会設置に先立って、ワーキング・グループをつくった。
ワーキング・グループが調査、ヒアリング、インタビュー、原稿執筆を行い、それを委員会に提出し、委員会のオーサーシップの下、報告書を作成した。委員全員、毎回、熱心に議論に参画し、報告書の方向性について大所高所から的確な指示を示していただいた。委員の皆様に心から感謝いたします。

ワーキング・グループには、共同主査の塩崎彰久(長島・大野・常松法律事務所パートナー弁護士)と浦島充佳(東京慈恵会医科大学教授、小児科専門医)、共同副主査の橋本佳子(エムスリー株式会社m3.com編集長)と渡辺翼(長島・大野・常松法律事務所弁護士)の各氏をはじめ計19人が参加した。ワーキング・グループメンバーの略歴と執筆担当テーマを巻末に記した。

ここで一つ特記しなければならないことがある。日本を代表するグローバル法律事務所である長島・大野・常松法律事務所は、私たちの検証プロジェクトを同法律事務所の正式のプロボノプロジェクトとして認め、共同主査の塩崎彰久弁護士、共同副主査の渡辺翼弁護士に加え、宇治野壮歩、辺誠祐、湯浅諭、一色健太、内藤卓未の各弁護士がワーキング・グループメンバーとして参加してくださった。

いずれも徹底的な調査と事実認定、そしてぜい肉をそぎ落とした的確な記述を身上とする熟練のプロの弁護士の方々である。今回、その本領を遺憾なく発揮してくれた。併せて、秘書のサポートやオフィスリソースの利用も含め全面的にサポートしてくださった長島・大野・常松法律事務所には深くお礼を申し上げる。

夏休み返上で7〜8月のヒアリング、インタビュー、資料収集、執筆に全力投入していただいたメンバーの方々には感謝の言葉もない。

メンバーのうち、塩崎彰久、橋本佳子、梅山吾郎、鈴木一人の各氏はAPIの前身の日本再建イニシアティブ(RJIF)がプロデュースした福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)のワーキング・グループのメンバーでもある。

また、浦島充佳、蛭間芳樹の両氏は、RJIFが実施したシミュレーション・プロジェクト『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(新潮社、2013年)に塩崎、梅山両氏ともども参画している。

今回の検証もまた、福島原発事故の検証の経験を生かし、そこでの方法論を援用した。こうした検証のプロが今回もはせ参じてくれたのは心強い限りだった。

シンクタンクの大きな役割は政策を提言することであり、その提言を実現するべく政策起業力を発揮することであるが、そこで重要なことは独立の立場から行う検証作業である。そしてその成果を世界と共有し、対話する。

APIでは、「真実、独立、世界」のモットーを掲げ、また、「真実なくして検証なし、検証なくして提案なし」の心構えを大切にしている。そして、実際に検証作業を進めるにあたっては、次のような「検証原則」を自らに課している。今回もその精神を忘れずに検証作業を行うよう努めた。

1 あくまで証拠に基づき、実証主義の精神に徹する。
2 直接の当事者の話をしっかり、丁寧に聞く。それを踏まえて、帰納的に結論を導く。
3 善玉・悪玉の構図を描くのではなく、クリティカル・レビューを行う。
4 当事者意識を持つ。我々は検事ではない。裁判官でもない。自分がその時、政策当局者であったならば……の視点と想像力を持つ。
5 因果関係には近因、中因、遠因がある。中因と遠因は、意思決定において決定前の人間の判断に影響を与える社会的、歴史的背景、そしてシステミックな要因である。そこにメスを入れる。
6 国家的危機における政府と国の対応については、主にリスク、ガバナンス、リーダーシップの要素を見据え、分析、評価する。
7 どんな政策・施策にもトレード・オフがある。それらを勘案し、費用対効果を押さえた上で提言する。

ワーキング・グループと事務局によるヒアリングとインタビューは、官邸(総理室、官房副長官補「事態対処・危機管理担当」付=事態室、内閣官房国家安全保障局)、内閣府、厚生労働省、経済産業省、外務省、防衛省、文部科学省、専門家会議・諮問委員会・分科会、保健所、東京都、神奈川県、北海道庁、日本医師会、自民党、ANAはじめ関係各方面の当事者の方々83名を対象に延べ101回おこなった。

安倍晋三首相、菅義偉官房長官、加藤勝信厚生労働大臣、西村康稔新型コロナウイルス感染症対策担当大臣、萩生田光一文部科学大臣、尾身茂地域医療機能推進機構理事長、塩崎恭久自民党行政改革推進本部長、武見敬三自民党政務調査会・新型コロナウイルス関連肺炎対策本部感染症対策ガバナンス小委員会委員長、横倉義武日本医師会名誉会長にはオン・ザ・レコードでお話を伺った(肩書はいずれも2020年1〜7月当時)。行政官と専門家会議等メンバーに対するヒアリングとインタビューはすべてお名前を出さないバックグランド・ブリーフィングの形で行った。

このうち、尾身茂理事長(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長=後に新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)と西村康稔新型コロナウイルス感染症対策担当大臣インタビューを巻末に載せた。

また、ヒアリングを進める過程でPCR検査「不安解消のために、希望者に広く検査を受けられるようにすべきとの主張について」との厚労省内部文書を入手した。それも巻末に掲載した。(参考資料2)

ヒアリングとインタビューを受けてくださったすべての方々には感謝の言葉もない。

報告書のエディターを民間事故調報告書のエディターを務めた科学ジャーナリストの大塚隆氏に再び、お願いした。緊急出版するための殺人的な過密日程の中で、超人的な努力をしていただいた。深くお礼を申し上げる。

出版は、今回も民間事故調同様、ディスカヴァー・トゥエンティワンにお願いし、突貫作業で刊行することができた。とりわけ渡辺基志と藤田浩芳の両氏にはお世話になった。

APIにおいてプロジェクトを担当したのは相良祥之主任研究員と向山淳主任研究員である。両氏は筆者としても加わり、プレーイング・マネージャーとしてち密かつスピード感あふれる采配を振るってくれた。この間、事務局長の仲川聡さんが強固な支援体制をつくってくれてありがたかった。また、財団スタッフの内海由香里さんと谷田部貴子さんが献身的な働きをしてくれた。このほか、インターンの小熊真也、下川真実、佃龍暁、益子賢人、山本
貴智、井関拓真、岩間慶乃亮、菊池明彦の各氏が精力的に手伝ってくれた。
なお、このプロジェクトに対しては公益財団法人小笠原敏晶記念財団の助成を得た。深く感謝の意を表したい。


2020年9月20日
船橋洋一


著者情報

一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)は、2017年7月に発足した、アジア太平洋の平和と繁栄を追求し、この地域に自由で開かれた国際秩序を構築するビジョンを描くことを目的とするシンクタンクであり、フォーラムです。


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