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自然災害は素因と誘因の組み合わせ

 ここではちょっと基本的な話に言及したいと思います。「この災害の原因は?」とよく問われますが、多くの場合それを明確に判定することは困難と言っていいでしょう。また、「原因」を構成する要素にも複数のものがあるとも言えます。ちょっとややこしい話ですが、説明に使う場面もあるかもしれませんのでメモとして作っておきます。

災害と外力

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 私がやる災害関係の講義、講演のほとんどで使うスライドです。まず、「災害」という言葉を辞書で引いてみると例えば下記などです。

地震・台風などの自然現象や事故・火事・伝染病などによって受ける思わぬわざわい。また、それによる被害。[デジタル大辞泉]

 口語としての「災害」という言葉は広い意味で使われますが、言葉の意味としては、上記のように何らかの事象によって被害が生じることが「災害」になります。つまり、地震、津波、大雨、台風などは「災害」ではありません。これらの現象は英語だとHazardになりますが、日本語でうまくあてはまる語がありません。専門分野でも確定した日本語はありませんが、「外力」というとあまり誤解が生じないかと思います。

 外力が生じただけでは災害になりません。たとえば、巨大地震による強い揺れが無人地帯で生じても、街が壊れるわけでもなければ人が亡くなるわけでもありませんから、「災害」になりません。しかし、それと同じ、またはもっと弱い揺れでも、人がいるところに作用すれば何らかの被害が出て「災害」になるかもしれません。

素因と誘因

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 自然災害の起こり方の説明として、災害は「誘因」が「素因」に作用して発生する、という説明の仕方があります。素因とは、その土地が持っている災害に関わる性質のことです。地形、気候などの自然素因もありますし、人が密集しているなどの、社会的な素因もあります。誘因とは災害を発生させる引き金となる自然の現象です。上で説明した外力・Hazardとほぼ同義と言っていいでしょう。

 外力の説明と同趣旨ですが、激しい誘因が生じても、生じた場所に素因となるものがなければ災害にはなりません。また、素因が存在するだけでも災害にはなりません。素因のある場所に、誘因が作用することで災害になります。

 ちなみにこの説明の仕方は、私が学生の頃から聞かされてきた、日本の災害科学分野での伝統的な説明の仕方かと思います。たとえば、この分野の先人である水谷武司先生は、下記のように書かれています。

防災科学技術研究所 防災基礎講座:基礎知識編 1.はじめに

 欧米輸入の考え方だと、災害の規模は、ハザード、曝露(Exposure)、脆弱性(Vulnerability)の組み合わせ(かけ算の積)で表現される、という説明がなされます。例えば下記が参考となるでしょうか。

内閣府・国連国際防災戦略:国連国際防災戦略(ISDR)防災用語集(2009 年版) [pdf]

 ただ、ハザード・曝露・脆弱性という考え方は、私にはちょっと話がややこしくなると感じられます。災害情報として社会に説明する上では「素因と誘因の組み合わせ」の方が好みです。単に若い頃から慣れ親しんでいるからかもしれませんが。

 災害の発生を事前に予測するためには、「いつ、どこで、どんな(どれくらい)」発生するかを揃えて予測することが重要です。地震については「規模・発生場所・発生時期」を予測することが「地震予知の三要素」などと言われています。

平田直:地震発生は予測できる!? (NHKそなえる防災)

 風水害でも基本は同様です。地震の場合は3要素を揃えて予測することは困難とされています。風水害をもたらす「誘因」である大雨や暴風の予測は、地震ほどは困難でないでしょうが、確実に可能とも言えません。特に、「いつ、どれくらい」を予測することはなかなか難しいと言っていいでしょう。

 一方、「どこで」、あるいは「どこで、なにが」についてはある程度予測が期待できます。時期はなんとも言えないが「ここではこんなことがおきそうだ」という情報、つまり「素因」に関わる情報です。そして、地形などの自然素因を示す代表的な情報源がハザードマップと言っていいでしょう。無論、ハザードマップも完璧なものではありません。このあたりについては下記の記事も参照して下さい。

熱海市伊豆山の土砂災害を例として考えると

 さてここで、熱海市伊豆山の土砂災害を例として、災害の「素因」「誘因について考えてみます。まず、「誘因」は大雨と言っていいでしょう。どんな大雨だったかは下記を参照して下さい。

 「素因」は、この場所が過去繰り返し土石流が発生して形成されてきた地形であったこと(土石流の危険性がある場所だったこと)、土石流の流下しうる場所に家屋が密集していたことがまず挙げられます。土石流をもたらした崩壊源頭部に人工的な盛り土があったことが静岡県により指摘されていますが、「盛り土があったこと」も、素因の1つとしては考えられるかもしれません。ここで挙げたいずれの素因も、それが存在するだけでは災害にはならなかったでしょう。誘因となる「大雨」があったから災害となった、と考えてよいと思います。

 ただし、「素因」「誘因」のいずれについても、「これが決定的に強く作用した」ということを明確に判定することは大変難しいでしょうし、少なくともそのための一般的に確立された手法があるとは思えません。

 なお、私は土石流のような土砂移動現象の物理的メカニズムについては専門でありませんので、「盛り土」を含め、素因、誘因のいずれがどの程度作用したのか、ということについては、検討するための知見もありませんし、言及するつもりもありません。


記事を読んでいただきありがとうございます。サポートいただけた際には、災害に関わる調査研究の費用に充てたいと思います。