父の退屈

コロナに関する情報の波は日々我々の神経をまるで砂上の城を削る様に押し寄せてついに俺にはウイルスが可視化されて外界に現れた。
見える。樫の木を削った棍棒を持ちながら町をうろつくコロナウイルスの姿が。
奴は疾病持ちの俺を殺すためにこの町を徘徊しているに違いない。違いないのだ……。

カーテンの隙間から覗いた外の様子に怯えて俺は布団を被りファイアーエムブレムをやるしかない、と心に決めたが身体は空腹でニンテンドー3DSのボタンを押すことすらままならない。
飢えて死ぬか、食料を求め外に出てトロルと化したコロナウイルスに殴り殺されるか。
答えは一つ。
実家に帰り、この連休の飯代を浮かせよう!
給料日まで金もねえしどう生き延びるか、という異なる軸が生み出した第三の選択肢を俺は選ぶ。
見たか?ウイルスども。これが人間の知性だよ。

俺への殺意むき出しで町中やバイパスを並走してくるコロナトロルを車で轢き殺しながら何とか実家に戻り飯を食い湯に浸かり毛布にくるまり一夜を過ごした後、俺の目に見えていた徘徊するコロナはいなくなっていた。
どうやら俺にしか見えていない幻視だったようで一安心。
そんな朝にいきなり父が「パー!」と言い出したので熱でもあんのかと思ったらテレビで流れる「めざましジャンケン」に真正面から取り組んでいることを思い出した。
「負けた」
そうつぶやいて父はそっとテレビから目をそらした。

前に母から聞いたが父は暇で暇で暇で暇で暇なんだそうだ。
これまで怖くて聞けなかったがリビングの棚の上になぜかボード版の人生ゲームや城のジグソーパズルなど謎の遊具が増えている。
親父が暇すぎてテレビとジャンケンすることしか楽しみがないという我が家の緊急事態宣言を受けて俺は実家に使わなくなったAmazon fire TV stickを設置した。

父に「これからはここにある映画観放題だよ」と教えるとどうやら喜んでいる様子で俺も一つ徳を積んだ。
操作方法を説明している途中、視聴履歴に俺が以前観た「マフィア VS アマゾネス軍団」が出てきて「あ!ヤバ!」と思いその瞬間、俺の反応は反射に変わりコントローラーをカカカカッ!と動かす速度は音速を超えた。
「そんなん見てんのかお前……」と父を心配させたくないし「こんなん見てんのかお前……」とあれを見てほしくないと親を思う子心からその後履歴を削除した。
これでまた一つ徳を積んだとも言えるだろうか。

日が落ちる。
すると夜にカエルが一斉に鳴り始める。
この家の周辺に広がる水田、水路、雨露に濡れた畑。
無数にある住処から聞こえるこの声のエントロピーは増大を続け、季節とともにいつか終わりを迎える。
どんなことにだって終わりは来る。
カエルが鳴き止むそのときまでに今起こっている人類の戦いは何か終わりを見ることはできるのだろうか。

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