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アイスランドから見る風景:vol.9 ワクチン未接種と外国人

先日ドイツに住んでいる友人から、アイスランドではワクチン反対派はいないのか、という質問を受けた。その会話をした、およそ2か月前のアイスランドでは、国民16歳以上の接種率は80%を越えていたと思う。日本で約70%、ドイツでおよそ68%の国民が2度ワクチン接種を終えたことを考えると、少ない人口を考慮に入れても、やはりアイスランドの接種率の高さは群を抜いている。ちなみに今日アイスランドでは12歳以上の国民の89%が2度の接種を終え、約10万が追加接種を終えた。(2021年11月19日現在)

この接種率の高さは、国が国民に強制したり、または何か褒賞を与えることで達せられた数値ではない。これは、集団接種の招待を受けたアイスランド人が、自発的にその会場に赴いてワクチン接種をした結果だ。先回のコラムでも書いたように、国民の政府への信頼と、公衆衛生への関心と理解が深いことが要因であると言えよう。

しかしながら、友人の言葉を機会に、このワクチン未接種グループに属しているのはどんな人たちなのだろうかと考え始めた。今日では11%にまで減りはしたものの、以前ワクチンを接種しない/したくない人たちがアイスランドにもいるのは事実だ。持病や既往歴のために、ワクチン接種ができない人たちを除いて、アイスランドにもドイツのQuerdenker(クエアデンカ―)や欧米のホワイトローズ、またはテレグラムのような、ワクチン接種反対派がこの10%を占めるのだろうか。ロックダウンやワクチン反対を名目に、デモでは飽き足らず暴挙さえも厭わないような、例えばトランプ前米大統領を支持していたQアノンのような反体制グループもアイスランドにいるのだろうか。

興味が高じて、災害対策本部のフェイスブックをのぞいてみた。ここを見ると、コロナ・タスクフォースの記者会見の後の国民の反応などを知ることができる。投稿しているのは主に、政府のコロナウイルス対策に不満のある人たちだ。コメントを通して、彼らのフェイスブックにも入れてしまうので、この人たちの社会背景が簡単に分かってしまうのだが、それも気にならないらしく、歯に衣着せずに書き込んでいる。信仰のある人、自然療法士、ワクチン懐疑主義者、製薬会社と政府の陰謀説を唱える人など、いろいろいるが、全体として数が少ない。

例えば、8月のタクスフォースの記者会見には93の投稿があるが、その34は4人の投稿者だけで占めてられている。また93の中の3つのコメントはタスクフォースに声援を送っているし、ひとつは純粋な質問だ。子供のワクチン接種を心配している人もいれば、年齢の低い子供の接種も早めて欲しいと言う人もいる。政府をファシストと呼んだり、または個人を特定して非難しているコメントは5本の指に足らない。ひとつひとつのネガティブなコメントに同調している数も、10を越えない。アイスランド人のフェイスブック好きを考えると、考えられないコメントの低さなのである。つまり、それだけ同調している人が少ないと考えてよいと思う。

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そんなことを考えていた矢先に、タイミングよくニュースで面白いことを耳にした。ワクチン未接種者に含まれているのは、ワクチン反対派のアイスランド人以外に外国人が多いというものだ。国営放送のインタビューで医療関係者は、ワクチンに懐疑的なアイスランド人を説得すると同時に、アイスランドで生活をしている外国人たちにワクチン接種に関する情報を正しく伝える必要がある、と答えていた。

アイスランドの人口は約372.000 、その中にはアイスランドに在住している外国人の数も含まれる。アイスランド国籍は約318.000、残り約54.000ほどは外国人、という計算になる。その中でも群を抜いて多いのは、約20.800人のポーランド人だ。彼らはアイスランド人がもはや好んで行わない仕事の多くを請け負っている。例えば清掃、ごみ処理場、魚の卸し工場、建築関係などの肉体労働から、幼稚園や小学校の補助、スーパーの仕事、ホテル関係、レストランでの調理やお給仕など、アイスランドの経済には欠かせない社会の根幹を支えてくれている人たちだ。

ポーランドに続いて多いのが、リトアニアの4.600人、ラトビア、ルーマニアが2.300人ほど、チェコが750人、ブルガリア、スロバキア、ハンガリーがそれぞれ500人ほどで、これらの東欧からの労働者は合計約30.000人になる。アイスランドに長いこと在住している外国人労働者のフィリピン人たちでさえ、多いように見えても1.050人ほどしかいない。タイ580人、ベトナム490人、その他日本人、中国人、韓国人を合わせても、いわゆるアジア勢は合計でおそらく3.500人くらいであろう。アイスランド人一般には、アジア人の差など分からないし、それ以前に彼らはそんな区分にさえ興味がない。シリアやアフリカ大陸からの難民も、最近よく目にするようになったものの、数としては東欧群とは比較にならない。

いずれにせよ、外国人の55%を占めるのが東欧からの労働者だ。その中でもポーランド人が多いことから、アイスランド政府はこのグループに向けての情報をより多く発信している。例えばコロナウイルスやワクチン接種に関する国営放送局のニュースなどの貴重な情報は、ポーランド語に翻訳されている。地区の保健所や病院のインフォメーション、またはお役所の書類なども、英語以外にポーランド語も併記されていることが多い。今現在アイスランドで生活をしていて、ポーランド人と接触しない場所はないだろう。会社の取引先にてポーランドのスタッフと仕事をすることは多いし、家の修理などを頼むと請け負うのはアイスランド人でも、実際にやってきて実務を遂行するのはポーランド人たちだ。学校のクラスメイトにポーランド人がいるのは全く珍しいことではない。地方では、アイスランドの子供の数に拮抗するポーランド人の子供たちがいる小・中学校もある。

アイスランド語というこのゲルマン語に属する言語は、9世紀ごろのバイキングたちが使用していた古ノルウェー語に近い、古い言葉だ。ヨーロッパから離れた島という地理的な条件から、言語は他と交じり合わず、大きく変化をすることなく現在に至ったため、文法なども非常にややこしい。言語は時代を経て、人口に膾炙されると、簡素化していく傾向にある。現代ドイツ語が中世ドイツ語よりも難解ではないように、日本語という言語を取っても、現在使用されている日本語のほうが簡易であることに異論を唱える人はいまい。使用される人数が少なかった分、簡素化されることがなかったアイスランド語は、外国人にはマスターするには難易度の高い、しかもその労に対して報いの少ない言語だ。アイスランド側が、アイスランド語のスキルを労働を目的でアイスランドに滞在している外国人に求めるのは酷だ。彼らには仕事に忙しく言葉を習う時間もなければ、母国のスラブ語とは全く異なるゲルマン語の構造を理解する言語学的な下地も欠けている。

それと同時に、東欧の歴史はとても複雑だ。旧ソ連の共産圏に含まれていた国々には、そもそも政府に対する信頼などありはしない。彼らにとって政府とは、国民の意を代表して国の政治を司る機関ではなく、権力者と彼の取り巻きが自己の利権のために、国の富を独占し、国民を搾取する機関だったのだ。ソ連の崩壊後に新しくEUに組み込まれた東欧諸国が、特に今回のコロナ対策や移民・人権問題をめぐって、西欧諸国とは根本的に理念を共有していないことは明らかだ。そんな背景を持った人たちが、アイスランドに移り住んだ途端、政府に対する懐疑的な態度を即座に変えるとは思えない。言葉が分からないなら、尚更だ。彼らがワクチン接種に消極的な理由は、基本的に”政府”という行政機関に対する不信にあるのではないかと思う。

個人の間の信頼関係でさえ、一朝一夕に築くことはできないのだ、国は時間をかけて国民に政策を説明をし、手元にある情報を包み隠さず開陳しなければならないだろう。迷信やフェイクニュースに惑わされないように、批判的かつ合理的な精神を持つように国民を教育することは必須だ。また国民が理知的に物事を判断できるようになれば、必然的に政府批判も生まれるであろうから、それを受け止める覚悟を国はしなければならないだろう。妥協点を探りながら、お互いが納得する方法で共存する方が健全だ。政治・経済的に安定している国は自国民に最低限の生活の保障ができるし、生活に満足している国民は、自国を捨てて他国に行こうとは思わなくなるだろう。お互いがあって、初めて成り立つ関係なのだ。

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さて、それではアイスランド政府の、ワクチン未接種者への対応を見てみよう。アイスランドの首相カトリン・ヤコブスドッティルは、ワクチン接種はアイスランドに在住する外国人を含め、国民全員が行うことが好ましいと言明したものの、最終的には個人の判断に任せると答えた。つまり、政府はワクチン接種を強制はしないということだ。また、タクスフォースの一翼を担う疫学者ソールオルブル・グズナソンは、今現在進行中の感染拡大はアイスランド国内の未接種者が主な原因であるとは言えないとした上で、ブレイクスルーを防ぐために3度目の接種を迅速に進めて、3度接種した人たちにより多くの自由を与えるべきだ、と線引きの箇所を微妙に変えた。

これは、ドイツやオランダなどのヨーロッパ諸国で導入された、接種・未接種で明確な区分を設け、行動範囲を制限しようとするのとは少しニュアンスが違う。ソールオルブルの発言は、2度の接種はデルタ変異種への対策としては十分ではない、というアイスランドでのエビデンスを基にしている。接種者は確かに病状は軽いが、それでもウイルスを保有し、他に感染させる。それを3度目の接種で抑え込もうというのがアイスランド政府の狙いだ。

それに対して異議申し立てをしたのが、症状の重いコロナ感染者の受け入れをしている国立大学病院である。現場での治療に当たっている医療関係者によると、海外からの労働者がコロナ病棟の病床を埋めることで、国立病院の大きな負担になっているそうだ。しかも接種をしていないことで症状が悪化しやすく、他の患者に感染させる確率も高いために、通常の医療行為も制限されてしまう。これは心情的にも納得がいかない事柄であろう。他国民を優先するために、自国民への医療行為を遅らせざる負えないのだ。外国人労働者の受け入れをしているアイスランドの雇用主が、今後接種を条件に採用を決めることが好ましいとの見解も付け加えられた。

コロナ病棟に入院している患者の何割が外国人で、何割はアイスランド人かは公式には発表されていない。ただ、医療現場では人数は正確に把握されているはずだ。アイスランドでは、各個人に社会保障番号がつけられる。これがなければ、家を借りたり買ったりすることや労働に就いて給与をもらうこともできず、病院での治療も自費で行う、アウトローになってしまう。アイスランド在住の外国人が、いつアイスランドから出てどこに行き、いつ戻ってきたか、空港で情報がしっかり管理されていることと同じだ。これまでも東欧から持ち込まれたコロナウイルスがアイスランドで感染を広めたことは、周知の事実である。PCR検査の確立と徹底に尽力した遺伝子研究会社deCODEのCEOカウリ・ステファンソンも、アイスランドでコロナ第三波が始まった当初、アイスランドでの失業手当を目当てに、自国とアイスランドを行き来している外国人が感染を広めているとテレビのインタビューで発言した。

アイスランドで反体制グループが多くないのは、国民がおおむね自分たちの生活に満足しているからだと思われる。しかし、これからアイスランドはどう変わるのだろう。出産率が低下している中、今後さらに外国人労働者が必要になったとき、彼らの異なった考え方、価値観、宗教などを慮る鷹揚さをアイスランド人はこれからも持ち続けるだろうか?外見を始め、文化や言語の違いを受け入れ、新しいアイスランドとして異なるものも内包していく強さがあるだろうか?世界でも突出して幸福度が高い国民が、小さな島国である自分たちのパラダイスに異文化が育ち始めているのを目の当たりにしたとき、彼らのパーフェクト・ワールドはどのように変容するのだろうか。

先日、アメリカ旅行のために、ケプラヴィーク空港のチェックインカウンターに並んでいたアイスランド人が暴力沙汰を起こした。対応した職員がアイスランド語ではなく、英語で対応したのがことの始まりで、その顧客に手を焼いた職員が上司を呼んだところ、その上司も外国人でアイスランド語が話せなかったため、アイスランド人が切れて職員に暴力を振るったらしい。アイスランド航空はこの客を事件が解明されるまで自社のフライトには搭乗させないことを決めたようである。

これを小さな亀裂と見るか、偶発的に起こった瑣事と見るかは、今後のアイスランド社会の動きによって決まる。どこからどう見てもアジア人のわたしには、興味が尽きることはない。


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