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IT人材の『内製化』神話

CEO/経営層向け

<概要>
 本コラムでは、ITの開発や運用面で良く議論される『内製化』について分析します。『内製化』が進むといいイメージがあります。また『内製化』は、企業が自主的にシステム開発やセキュリティを含む運用を構築する、その企業のITの理解度を図る上で重要な指標です。
一方『内製化』をするためには、「外部の専門家」に委託せず、自前主義をつら抜き、専門職を大量に抱える必要があります。また、仕事があってもなくても、会社は専門家の在籍数分(頭数の人月)賃金を支払う必要があります。このように『内製化』には、建て前では語れない神話があります。
 これまでIT業界では、1960年以降、『内製化』が時代を追うごとに「委託先への発注」に変わって来ており、今後IT業界はどうなるのでしょう。『内製化』に舵取りをすることは、時代の流れに逆行しないでしょうか。本コラムでは、単純に『内製化はいいこと/内製化を推奨する』という話ではなく、時代ごとにITの価値が変わって来ている点を整理します。


1,IT分野での要員を中心に自前主義からITサービスに舵取り

 国内に汎用機と呼ばれるコンピュータが浸透した1960年代当初は、「自前主義」=「企業の正社員が、開発や運用をやる前提」で、『機器(物)』が販売されて来ました。その時の尺度は、1筐体当たりの価格で判断しました。この背景には、今から60年前の汎用機の価格が、当時の金額でも数億は越え、プログラムの1行を入力するのにも、「パンチャー」という専門要員を雇い、人件費が課金されていた背景があります。

表1,ITの「人月」に関する歴史(物販から人月へ、準委任、サブスクへ)

出典:日本情報システムユーザー協会(JUAS)(2023年7月)

 しかし、1980年代よりシステム開発の外部への発注、深夜に渡るオペレータへの運用など『工数(人月)』の契約が始まりました。また、筆者が担当するセキュリティ分野でも、2003年頃より専門知識/資格を必要とする「プライバシーマーク、個人情報保護(JIS Q15001)」「ISMS(後にISO27001)」など、『専門家(準委任)』と呼ばれる案件が出て来るようになりました。これは、これまでの「内製」では到底できない案件です。「準委任」は、工数(人月)を開示せず、『積上げ/総額』と呼ばれる価格体系となった点が進化です。
 現在、内製化に関して最も苦労しているのが、SIer/コンサルファームでしょう。特に、私が担当しているセキュリティ分野のSOC(Security Operation Center)などは、退職する人はいるものの、人がなかなか集まらない業種であることに間違いありません。

2, セキュリティなど専門家を派遣で契約し『内製化』する

 これまで情報システム部門では「高い賃金のITの専門家を採用する」という動きは、日本国内ではあまり確認できませんでした。これは、企業の情報システム部門の発言が弱く、海外のように「CIOが高額な年俸でヘッドハンティングされ転職して来る」というような話が国内では、なかったからです。
 そんな時代背景で、2023年、高額な年俸の『内製化』の話ができるでしょうか。現在、記事で『内製化のケーススタディ』を発表する企業を確認すると、(サブスクリプション型の)派遣契約や嘱託の方が確認できます。外部から見ると社員にしか見えません。実際の所、全てが正社員ではないことが確認できます。最近の企業は、『派遣』『委託先』を『正社員』に見せる教育が徹底されています。このような新たな『派遣内製化』の組織が最近多くなって来ました。当然の事ながら、人事やCIOと呼ばれる方も、同じ会社のメール・アドレスから来るメールは、正社員であろうと見ています。

3,これからの専門家の採用では、『CEOや経営層が重要な役割』

 表2では、2022年に調査した「高度なスキルを持ったIT人材採用での情報システム部門の取組み」で、第1位は「高度な技術者の正社員の雇用」です。

表2,企業IT動向調査2023では、「正社員雇用」の動きがある

出典:日本情報システムユーザー協会(JUAS)(2023年4月)

 こちらもいい話で「積極的に正社員を採用する」という意気込みを感じられます。ただ専門家を、以前働いていたSIer/ベンダー/コンサルより高い年収で採用する年俸の捻出は、『誰が』しているのでしょうか。実は、この『誰が』がこのコラムの結論です。図1では、この要員が、CIOや情報システム部長ではなく、CEOや経営層として説明しています。彼らは、IT関連の専門家の年収を、同期のコンサルやITベンダーの友人から聞いたことがあり、知っているはずでしょう。

図1,『内製化』が神話に終わらないように、CEOとCIOの責任を明確に

出典:日本情報システムユーザー協会(JUAS)(2023年7月)

 『内製化』は美談ですが、「正社員として雇用」は、まずは「金」がかかります。また、多くの「専門家を採用する」こともさらに金がかかります。『内製化』するは、『派遣/委託先』と『正社員』のバランスを取りながら採用することをお薦めします。
 今後、『2025年の崖』(備考1参照)の話が始まる際に、IT業界の年収/高齢化の話は、再燃するでしょう。なぜなら『委託先/ベテラン社員には甘く、若手正社員には厳しい』この話が現実的な話となるからです。今後のIT業界では、テクノロジの話も去ることながら、海外と同程度の「若手IT専門家」の年収が重要であることを、CEOや経営層は理解する必要があります。
 私の周りのベンダーやSIのセキュリティ専門家は、なかなか民間企業に転職しないのが現状です。これからは、専門家が民間企業に転職したくなるような活動が重要です。それを担うのが『CEOや経営層』です。また『派遣内製化』の職務/職責を負う要員は、その企業に適用性(備考2参照)を持って業務に望むことが重要となります。

備考1:平均年齢は60代? IT部門が直面する現実と忍び寄る変化 (https://japan.zdnet.com/article/35105748/
備考2:適用性 「セキュリティの脅威に利用者が適用する」という方法論
DXビジネス推進におけるIT部門の役割(ログインが必要です)(https://japan.zdnet.com/article/35187412/p/2/

執筆者
石橋正彦(いしばし まさひこ)
株式会社Dirbato(ディルバート)
コンサルティンググループ 

ITmedia(ZDnet)に寄稿を連載し、IT業界に古くから伝わる慣習(IT民族学)を、外資で働いていた経験を元に解説する。情報システム部門、コンサル、リサーチファームにも在籍し、相手の立場から分析する。
趣味は歴史(日本語起源、百済史など)


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