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小説のエピローグ

式場は、神戸の高台にあるホテルだった。急用で行けなくなった上司のかわりに
出席する結婚式は、気が進まなかった。

式を挙げるのは、取引先の役員の子息。役員とは、何度か会ったが、子息には、
一度も会ったこともないのが、よけいに気が重かった。
スピーチをしなくていいのがせめてもの救いだった。

形どおりに受け付けで挨拶を済ませて宴会場に案内されると、予想より広い部屋で、僕のテーブルは、仕事関係者で占められていた。
ななめ向いに唯一、知った顔の人物がいて少しホッとした。
一応、名刺交換をして席に着くと、ほどなく披露宴が始まった。

手慣れたプロの司会者の手にかかると、式は流れるように進んでいく。
新郎新婦の入場や、仲人の挨拶の間にも小気味よい音楽が流れる。スピーチが続いてる間も新郎新婦は、にこやかに微笑んでいる。先ほどチャペルで永遠の愛を誓い会ったのだと言う。

セレモニーと分かっていても、この若者達が、真剣な表情で神と未来に向かって
永遠の愛を誓うのが僕には何か落ち着かない。
永遠と言う言葉と結婚と言う言葉が僕の頭のなかを巡る。
この二人も、僕のように40歳くらいになった時どんなふうに暮らしているのだろう。

だれかのスピーチを聞くともなく、ぼんやりグラスを傾けていると、今まで、
単にBGMと思っていた音楽が、実際に演奏されているのに気づいた。
僕のテーブルからは、ちょうど反対側で参列者に遮られて、良く見えないけれどエレクトーンのようなものを弾いている小柄な後ろ姿が見える。

音の方を注意深く聞いていると 巧みに、司会者や式の進行にあわせて曲を弾きわけている。
早く、あるいは、遅く、静かに、時々力強く。
それがあまりに自然なので、最初は、気づかなかったのかも知れない。

僕は弾いている後ろ姿が気になって、しだいに落ち着かなくなって来た。
似ているのだ、学生の頃の彼女に。

彼女は、音大で電子オルガンを専攻していた。
結婚して東京で暮らしているはずなのに。
顔を確かめるために、前に座る役員の席へ、ビールをつぎに行くことにした。
おめでとうございますと適当に祝辞を述べながら、演奏している女性を見ると、
間違いなく彼女だった。遠めに見る彼女は、少しも変わったようには見えなか
った。

一旦席に戻ると、カラオケが始まって、照明が落ちた。
それを機会に彼女の方に歩いていった。
カラオケにあわせて小さく手拍子している彼女が、僕に気づいた。
不思議そうな表情が、ゆっくりと、ほほえみに変わる。
「ひさしぶり」と言うと
彼女は小声で
「おどろいた、他人の空似かと思ったわ。やっぱりXX君だったのね。
とってもひさしぶり、色々話したいね。式が終わったらロビーに行くから待
ってて」といった。声も昔のままだった。
それだけを短く話すと、彼女は譜面に眼をおとして演奏の準備を始めた

僕は、仕方なく彼女から離れ席に戻った。

彼女の弾く音楽は、よりいっそう耳に心地よかった。
周りからかけられる声に、適当に相槌を打ちながら彼女の演奏だけに心を集中していると遠い日々が思い出された。

あの頃のまま時が過ぎていたら、今の自分は、どんな風になっていたのだろう。
彼女は、音大の2年生でプロのミュージシャンを目指していた。
僕は画家になりたかった、、のかもしれない。

彼女と出会ったのは、僕の大学の学園祭だった。
僕は、2浪して入った美術系の大学で、毎日、のんびりと絵をかいていた。
もう3年というのに就職の事も忘れていた。

その日は、少しは名の知れたバンドがやってくる日だった。
彼女は、友人につれられて僕の前にあらわれた。小柄な体にしっかりした美しい顔だちの女の子だった。簡単に紹介しあって仮設ステージのライブを一緒に聴いた。
PAが役不足で随分、音が歪んでいたのを思い出す。
とてもよい天気の暑いくらいの秋の日だった。 

                            つづく。

アールグレイの章まであと少し、、、