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小説のつづき 8

9月の始めの土曜日、彼女は僕の都合にあわせてハーバーランドまで出て来てく
れることになった。
学生の頃のように海辺をふらついたりしながら話ができればと思った。
あの頃は他愛無い話をしながら二人で京都の街を本当によく歩き回った。
時間だけは、一杯あったような気がする。
お互いのスケジュールを合わす必要もほとんどなかった。
会いたければ、いつだって会えた。

僕は、ハーバーランドのデパートを通り抜けて海側へ向かった。海に向かったデ
ッキが待ち合わせの場所だった。その日は、ようやく夏の蒸し暑さもおさまっ
て、海からの心地よい風が吹く日だった。長いベンチのようになったデッキに腰
掛けて、ボンヤリと海を眺めていると、後ろから彼女が軽く背中をたたいた。
彼女は、スリムなジーンズにゆったりとしたTシャツというカジュアルな服装で
立っていた。少し高いヒールのサンダル、その細いストラップときれいにペティ
キュアをした白い素足が印象的だった。

「XX君、久しぶりね。でもダメねえ、その格好。いくら9月に入ったってまだ暑
いわよ。せっかくの休日なのにスーツ着てるなんて、すっかりサラリーマンみた
いね」
「いきなりの挨拶をありがとう。どうもサラリーマン根性が抜けなくて、出か
けるとなるとスーツに手がのびてしまうんだよ。それに、少しお腹が出て来てジ
ーパンやTシャツが似合わなくなって来たんだ」
「たしかに学生の頃のXX君からすると、ちょっと貫禄が出たかな。でも気にするほどでもないわ。私みたいにゆったりとしたシルエットのを着れば平気よ。体型が変わってゆくのも年を重ねた証拠だから、まあ仕方ないわよ」
「でも君は、変わったように見えないね」
「いいえ、そんなことないのよ。違うわよ、あの頃とわね。でも、変わらないっ
て言ってもらえるとうれしいわ」
彼女は僕の横に腰をおろすと、海からの光が眩しいのかバッグからサングラスを
取り出した。
「今日は、いいお天気ね。それに海から吹く風が気持ちいいわ。XX君も上着脱ぎ
なさいよ」
そう言うと、彼女は、上着を脱がせて、僕の肩にもたれかかって来た。彼女の髪
からいい香りが漂った。
「XXくん、どこみてるの?」
「君の髪の毛」
「あまり見ないで、白い物が増えて来てるから。」
「気にならないよ、全然。僕の方は目立って来たけどね」
「ねえ、私達こうしてるとどんな風に見えるかなあ。」
「援助交際には、絶対見えないね。うーん遠目なら若い恋人どうし近づくと中年
カップルかな」
「いやだ、止めてよ。なんか、いい呼び方ないの、私達のような、そう”大人の
恋”の 若い子ばっかり目立ってて、たまに私達の世代が出てくると援助交際と
か不倫とか、そう言えばXX君もこのままじゃ不倫よ」
「まあ、いいさ。でも、だんだん年くってくると思うよね、人生の残りの時間、
本当に好きな人といたいって。もうあんまり回り道してる時間ないよ、人生も折
り返し地点を過ぎると」
「本当よね、わかるわ、その気持ち。でも私はXX君よりちょっと若いしまだ、未
来もあると思ってる」
「僕にも未来はあるさ、でも、どんな未来か見えそうでね、ちょっと恐いよ」

「XX君には、どんな未来が待っているの?」
「そうだね50を過ぎて、家族からは、うっとうしがられて、会社では、だんだ
ん窓際によっていって、いい事が無くなっていく」
「えらく淋しい未来ね、本当にそうなるの?」
「このままだと確実にやってくる未来だよ」
「悲しいわね。なんとかならないの、もう一度、絵を初めて画家になってみると
か。私の未来はね、メジャーなアーティストよ。絶対なるんだから私。XX君みた
いに簡単に諦めないわ、ここまで頑張って来たんだもん」
「君なら、成れるかも知れないよ、あとはチャンスだけだね」
「本当にそう思ってくれる?」
「ああ、もちろんそうさ、僕よりうんと未来が微笑んでるよ」
「XX君も、自分の人生にそんないじけた見方しないでよ。なにかもう一度目標を
見つけてよ」
「一つ見つけた!」
「えっ、なに、どんな目標?」
「君だよ」
「またそんなこといって。」
「本当さ、君が僕の未来に入って来た。今度、君のいるホテルに部屋を取るよ、
一緒に一晩すごさないかい」
「駄目よ、あそこは。私の神聖な職場なんだから」
「じゃあ僕達は、神聖じゃない汚らわしいって言うのかい」
「又そんなふうに突っかかる。昔のXX君みたいよ。考えてみてよ、私あのホテル
では、ボーイからマネージャーまでみんなに知られてるのよ。そんな所にXX君と
泊まれるわけないでしょう」
「泊まるのが嫌なのかい?」
「だからそうじゃないって。嫌だなんて言ってないのよ、ただあのホテルは、止
めてほしいの。そうね、あそことは逆に海側のホテルなら、ここから見えるOホ
テルとかAホテルならいいかも知れない。私だってXX君とゆっくり時間を気にせ
ず一緒にいたいわ、泊まるかどうかは別にしてよ」
「嫌じゃないなら泊まろうよ」
「でもね、覚悟は出来てるの?いつか来た道へ引き返すのよ、大丈夫?XX君。あ
なたの新しい目標は、とってもリスキーよ。私は今は独身だけどXX君にはいろ
んなしがらみがあるでしょう、いいの本当に?」
                                つづく。