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小説のつづき 2

披露宴が終わると、僕は、同じテーブルの知り合いと少しだけ立ち話をして、
ロビーへと急いだ。
結婚式の多い休日とあってロビーは、正装した人たちで混み合っていた。
一つだけ空いていた席を見つけて座ると、ほどなく、彼女がやってきた。

「本当にひさしぶりだね」
「そうね、100年ぶりかしら」
「元気そうだね」
「ええ、とても元気よ」
「君は、結婚して東京にいると思っていたよ」
「ウン、残念ながらバツイチってとこね、今は神戸のおばあちゃんとこに住んで
るの」
「そうかぁー おばあちゃんて、あの?」
「そう、一、二度会ったでしょ、ずっと前に。今80歳を過ぎたけどまだ元気よ」

「こんな結婚式で出会うなんてXX君こそどうしてたの?」
「今日は、会社関係のお偉方の子息の式だから来たんだ」
「僕が今どうしてるかと言うと最初、就職したところは、知っているだろう。あそこをやめて、も一つやめて、今三つ目の会社で大阪にいる。もう10年以上勤めてるかな。
はじめは、宣伝部だったけど今は、広報部にまわされてね、いろいろパブリシティーとか、社内向けのものとか作ってるんだ」

「絵は描いてないの?」
「ああ、全く」

「私xx君の絵好きだったのにな、今も一枚だけ持っているのよ」
「小さな絵でね、グレーと紫で抽象的に描いてあって静かな感じの絵、忘れてしまった? くれたじゃない」
「卒業まぎわにxx君の学校いって机の周りに散らばってる作品の中から
一番小さいの選んで」
「その時の事は思い出した。でも絵は思い出せない」

「ところでエレクトーン、うまくなったね。感心したよ」
「ありがとう。だって私プロのミュージシャンですからね。メジャーになるの今
も諦めたわけじゃないのよ。いつも平日は夕方から子供達を教えて、土日はほと
んど毎週このホテルでお仕事よ」


「あんなふうに控えめに、きちっと弾くって難しいだろう。相手に合わせながら
じゃないといけないし優雅そうに見せながらエフェクトレバーと格闘しなくちゃ
ならないし。」
「xx君は相変わらず音楽評論家ね。譜面も読めないくせに・・・ 難しいって言
うより、少し淋しいかな、誰も聴いてないもの」
「そんなことないさ僕のように熱心に聴いてくれる人が時々はいるさ」


「そうかしら・・・、私ねxx君は広告の仕事してて東京にいるんだと思ってた」「僕もそのつもりだったけど、君こそ東京にいるもんだと思ってた」

「それじゃ、お互い都落ちってとこね,xx君」

「僕は絵はやめたけど、本当は今頃広告界で名前が売れてる予定だったんだ。
それが広報部でもっぱら雑用係りになってしまった」
「じゃあ、私の方がまだマトモね、この道一筋だもの。残念ながら名前は売れて
ないけど。xx君はきっとわがままだからダメなのよ才能があったとしてもね」
「いやそんなことないさ、僕もずいぶん変わったんだよ」
「本当?ちょっと信じられないなあ、自分勝手でないxx君なんて・・・あっ、私
次の出番だわ、ごめんね、会えてとても嬉しかったわ。今度、ゆっくり聴いて私
の演奏。 必ず連絡ちょうだいね」

彼女は、肩書きのない少し小振りの名刺を差し出した。そして裏に携帯電話の番
号を走り書きした。

「夜にね、夜おそくに電話ちょうだい。じゃあ楽しかった またね」

ロビーから足早に去っていく彼女のドレスが大きな窓から差し込む昼下がりの光
に鈍く光っていた。
残された僕は、ゆっくり、コーヒーを飲んで、もう一度、彼女の演奏を思い出し
ていた。そうしていると、学生時代の彼女の姿が重なって思い起こされた。
彼女は、とてもやさしかったのに、僕はいつも、ケンカをふっかけていた。なにか
を彼女に訴えたかった。けれど、いつも、いつもうまく伝えられずに最後には彼女を怒らせていた。
三年間も絵を学んでいたのに何もつかめない自分にくらべて、年下なのに進むべき道を見つけ着実に進んでいる彼女がうらやましすぎたのかも知れない。
ケンカしながらも、それでも僕達は、たくさんの時を二人で過ごした。
彼女の下宿にも幾度となく忍び込んで、食事も食べさせてもらった。
本当の意味で初めての恋愛だったのかも知れない。女性を深く知った気になった
のも彼女が最初だった。
ざわめいていたロビーが静になった。みんな披露宴会場へ入っていったのだろか。
僕はもう一度名刺を見つめた。裏返すと、懐かしい字体の数字が並んでいる。

じっと見つめて、そっと手帳に挟み込んだ。

  つづく。アールグレイまでもうすこしです。