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小説のつづき 10

二人で泊まろうと僕が決めた日は、日曜日だった。レイトチェックアウトを決め
込んで会社には月曜日の休暇届も出しておいた。彼女は、どうしても外せない結
婚式の仕事があるから会えるのは夕方近くになると言っていた。
僕は、3時頃Oホテルにチェックインすると、冷蔵庫からウイスキーを取り出し
て水割りをつくった。
彼女が来る前にゆっくりと酔っておきたかった。
ベッドに腰掛けて、窓の外に拡がる海をみながら、少しづつ水割りを飲んだ。部
屋は、セミダブルのベッドが二つ、丸テーブルと椅子が二脚、大きめの鏡のつい
たライティングビューロー。全部が落ち着いたアンティーク調のブラウンで統一
されていた。
10月に入ると急に日が短く感じられる。彼女が来るまでにはまだ一時間程あるの
に、もう海は夕暮れの気配を漂わせている。
少し酔ったかも知れない。でもそれが、今日の緊張感を消し去ってくれる。40
歳にもなって、なにを緊張する事があるのかと自分でも思いながらも、そんな自
分に苦笑してしまう。自分がとても望んだ事だから、それだけに上手く行ってほ
しい。そんな気持ちだった。

6時過ぎに彼女は部屋に入って来た。

「ごめんなさい遅くなって。仕事が押しちゃってタクシー飛ばして来たんだけど
道も混んでて、随分待たせたわね」
「水割りチビチビやってたから、気にしなくてもいいよ」
「そう言えばウイスキーのいい香りがしてるわね。顔も少し赤いわよ、私も飲も
うかな」
「食事は外に出るのが面倒だからルームサービスにしよう」
「それはいい考えね、ちゃんとしたテーブルもあるしね、この部屋広くて立派
ね、ずいぶん高かったんじゃない。無理しちゃって」
「まあね、いいカッコしたかったんだよ ”ハイ、メニューでございます、お嬢
様”」
「ありがとう、XX君はなににするの?」
「お寿司とかどうかな・・・」
「いいわね私もそうするわ、水割り私にもちょうだい、おつまみもたのんで
ね」
「なんか緊張してたのに君の顔みたら、急に落ち着いたよ。やっぱり一人で待つ
のは体に悪いね。」
「そうよね、今日は難しい話はなしに寛ぎましょうよ。せっかくいいお部屋もと
ってくれた事だし。私、お仕事二本続きで疲れたわ。お寿司食べて、ウイスキー
飲んで元気だそーっと」

「ねえ、お願いがあるんだけど」
「何?」
「私のこと、学生の頃のようにユミって、名前で呼んでほしい」
「そうだね、十数年ぶりに巡り合っていきなりユミって呼びにくくて。また以前のような気持ちになれたから呼ぶよ ユミって そのほうがほんとは呼びやすいし」

僕達は、その部屋から一歩も出ず飲みながらテンポのいい会話を楽しんだ。
彼女は今日の結婚式のエピソードをおもしろおかしく聞かせてくれた。

「僕、先にシャワー使っていいかい?」
「ええ、どうぞお先に。私テーブルの上とか片付けるわ」

僕がシャワーからあがると、部屋はすっかり暗くされていた。
彼女は、明るくしたら駄目よと、念をおしてバスルームに入っていった。眠って
しまいそうになるような長い時間のあと彼女は、僕の隣に湿った体をバスタオル
に包んで入って来た。

「XX君、本当にいいの?」

僕は、答える変わりに彼女を抱きしめて、ながい口づけをした。バスタオルをは
ずして肌を密着させた。
ずっと以前に何度も抱きしめたはずの体なのに記憶はとても曖昧で何もかも初め
てのような感動を覚えた。
適度に入ったアルコールの酔いが僕の動きを大胆にした。
彼女は僕にしっかりと掴まりながら、短く、僕の名を二三度呼んだ。
もっと強くと言ったように聞こえた。僕は、強く動いた、そして彼女の肉体のす
べてを愛した。
やがて二人は、昇りつめると、そのあと長い余韻が体を包んだ。
始めに口を開いたのは彼女だった。

「私XX君と初めての時みたいに緊張してたのに、今、体がバラバラになりそ
う。」
「だってユミがもっと強くって言ったから。」
「えっ、私そんな事言ってないって!覚えてないわ」

彼女は、体をククッと震わせて笑った。その時ようやく、二人の体が離れた。

この日を境に、今までの空白を埋めるように僕達は、逢瀬を重ねた。
一緒に泊まる日もあれば、お茶だけのために神戸まで出てくる事もあった。家族
の事さえ思い出さなければ僕はすごく幸福だった。今までつまらなかった日常が
急に充実しているように思えた。僕は、彼女に熱中していた。
                          つづく