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小説のつづき 6

彼女の家からの帰り道、駅に向かって歩くと、もう営業を止めてしまった小さな
店が何件もあって、よけいにその商店街を淋しくしていた。店を守るお年寄りを
見かけなくなると、もう次に来たときには、しまっている。
地震以来その数がめっきり増えてよけいに不便になったと言ってた彼女の言葉を思い出した。
まっすぐ家に帰る気持ちがだんだん重くなって来た。
今日の記憶をそのまま、閉じ込めておきたくて、僕は、大阪の仕事場へ向かった。
自分のデスクの前に一度座って、現実的な気分になってから帰ろうと思った。

8月に入って、お盆までに仕上げないといけない仕事に追われた。
彼女が、「XX君の子供のピアノ聴いてみたいな。大丈夫、そっと見に行くから」
と言ってた言葉がなかなか頭を離れない。
本当に彼女は来るつもりなんだろうか?
もう10時を過ぎて、誰もいない仕事場から、逡巡しながらも彼女に電話を入れ
た。電話はすぐに繋がった。

「もしもし、この間はどうもありがとう、とても楽しかったよ。どう忙しい?」

「ううん、このシーズンは少し暇、XX君は?」
「こっちは、なかなか忙しい。まだ会社だよ。ところで子供の発表会が8月の夏
休み最後の日曜にあるんだけど本当にくる?」
「私、行きたいな。彼女がどんな音出すのか聴いてみたい。何時から何処である
の」
「えーっと、1時からOO小ホール、でも子供の出番は最後の方だから、2時頃で
も充分間に合うと思うよ」
「最後のほうってトリなの? 優秀じゃない・・・」
「高校生がいるから、トリってわけじゃないよ」
「その日は、夕方から仕事だから、行くわ」
「ありがとう、実は僕もだれかに客観的に聴いてほしかったんだ」
「わかった。しっかり聴く」
「今度会えるのは、9月に入ってからになりそうだよ・・」
「いいわよ、仕方ないわ。それでもちゃんと時間つくってくれるなら」
「もちろん、そうするよ」

早くに、もう一度会いたいと思っていたのに、8月は、落ち着かない日々が続い
て、会えるまで結局、一ヶ月以上も日にちが経ってしまう。
学生の頃なら毎日のように会えたのに会社や家庭があると、自分の時間さえ中々ままならない。二人のスケジュールを重ね合わせて9月のなるべく早い週で次に会う日にちを決めて
受話器を置いた。 

                          つづく