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その名はカフカ IV

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長編小説『その名はカフカ』収納箱その④です、その③はこちら→https://note.com/dinor1980/m/m036e5e244740
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果てなき森にて深夜、海を拾う。

 足が沈みこんで動きが取れなくなったのは一瞬前のことかもしれないし、もう昨日のことかもしれない。既に何年もこうしているのかもしれないし、もしかすると自分はこの泥水の中で生まれてこれまでの人生をここで過ごしてきたのかもしれない。  いや、ここで生まれた、ということはないだろう。そうでなければ、今このざらざらどろどろした泥水が目を塞ぎ鼻を塞ぎ耳を塞ぎ口の中に侵入してきたことに不快感を覚えるはずがないではないか。  どうしてこう、人間の体には穴が多いのだろう。おかげで液状の物質は自

その名はカフカ Modulace 7

その名はカフカ Modulace 6 2014年11月マリボル  もう十一月とは言え昨日まではまだ大して冷え込んできている気はしていなかったが、朝降った雨の影響か、この日は一日を通して気温が低かった。雨が降ったのは明け方くらいまでだったが、空は午後になっても曇っている。スラーフコ自身はこんな天候はあまり好きではなかったが、やっと再就職が決まった安心感を胸に抱いている今は、どんな空模様でも「晴天」と言い表してしまいそうだった。  ドラヴァ川のほとりで、帰宅する前に朗報をマー

その名はカフカ Modulace 9

その名はカフカ Modulace 8 2014年11月プラハ  明日から全員移動なんだから今日は早く切り上げようとアダムが言って、それならちょっと練習に行こうかなとエミルが言って、あんまりジョフィエとおばあ様に寂しい思いをさせないでねとレンカが言って、この日は三人とも普段よりずっと早めに事務所を出た。それからレンカはアダムの車に乗って自分のマンションに寄ってもらい、移動のための荷物をまとめると、またアダムの車に乗ってアダムの自宅へ向かった。  そして今、レンカはソファの上

その名はカフカ Modulace 11

その名はカフカ Modulace 10 2014年11月グラーツ  小一時間ほどバスに揺られてグラーツに降り立ったスラーフコは「たった七十キロばかり北上しただけなのにマリボルよりも気温が低いな」と心の中でつぶやき、薄曇りの空を見上げた。  日曜日のバスの中は思いのほか混んでいて心なしか埃っぽかったが、電車は何となく使う気になれなかった。新しい職場で宛がわれたばかりの車もあったが、それを私用で乗り回すのは気が引けた。  ヴクは週末にも不定期に出勤するが、マーヤとスラーフコは

その名はカフカ Modulace 15

その名はカフカ Modulace 14 2014年11月パッサウ  オーストリアとの国境に接するように位置し、ドナウ川、イン川、そしてイルツ川の三川が合流する街として知られるドイツの小都市パッサウで、レンカはパッサウが観光名物として人々を最も惹き付けているバロック様式の街並みを一人で川辺に立って眺めていた。  十一月の川辺は風も強く長居をするべきではないとは思ったが、レンカはなぜかその場から動く気になれず、面会が終わった後も、風景を楽しんでいるふりをしながら様々な思考が行

その名はカフカ Modulace 16

その名はカフカ Modulace 15 2014年11月エゲル  一つの生命体が自分の傍に座っている、とは先ほどから感じていたが、テンゲルは目を開けることもその生命体に声をかけることもできなかった。いや、そうしようと思えばできたのかもしれないが、まだ暫くこうして横になっていたかった。危険はない。自分の傍に自分の許可なくやって来られる人間は、この世で一人しかいないのだから。そして、もし人間ではない生命体だったとしたら、やはりテンゲルにとって危険なことなどあり得ない。  今回

その名はカフカ Modulace 21

その名はカフカ Modulace 20 2014年11月リュブリャーナ  ただ待つ、というのは辛いものだな、という台詞を頭の中で何度か繰り返し、スラーフコはハンドル越しにメーターパネルに表示されている時刻を確かめたが、まだマーヤが車を離れて五分くらいしか経っていなかった。  この日のためにマーヤとスラーフコはヴクの同僚の仲介で中古車を手に入れ、リュブリャーナまでやって来た。目的が目的だけに、スラーフコの仕事用の車は使う気にはなれなかったし、レンタカーも足が付きそうだとマー