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「アントレプレナー」という言葉を思い起こさせる企業人

(前号につづく)

大手の自動車会社に就職した私。
この自動車会社は、海外展開が他社よりも先んじていて、私は海外でバリバリと活躍する自分の姿を夢見てこの会社を選んだ。

入社後、本社財務部に配属になり、ルーティン業務に縛り付けられ続け、希望していた海外駐在の命が下りるまでにはなんと10年もの時を要した。

気がつくと、というか当然ではあるが私は32歳になっていた。
駐在先はイタリア。

当社は4輪車のみならず2輪車も製造販売しており、当時、当社の2輪車は世界中で絶大なる人気と信頼を勝ちえていた。

わたしが赴任したイタリアでも、当社の日本製輸入オートバイは飛ぶように売れていた。しかし、4輪車については欧州ブランドのはるか後塵を拝していた

そんなイタリアでも本格的に4輪車を販売していこうと本社が注力しはじめ、私が着任する数年前に、100%子会社として4輪車の販売現法を設立した。
記憶が定かではないが、資本金は日本円にしてせいぜい2億円程度。
生産拠点をもたず、輸入販売に限定したビジネスの場合、どこの国で設立する現地法人も資本金はその程度だ。

その現地法人設立の計画段階から責任者を務めていたのが、A氏だ。
わたしより一回りほど年上だったので、45歳だったか。
現地法人設立後は、当然A氏が社長に就いた。

彼とイタリアで初めて会ったのは、私が着任してすぐのころ、ヴェローナの街中にあるレストランだった。

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物静かで、落ち着いた口調。
一回りも年下で部下になる私に対しても、丁寧にそして温かく包み込むように話しかけてくれた。イタリアでこれから実現したいことについてゆっくりと、そして少し熱っぽく語った。

まったくなにも無いに等しい状態から、会社の設立都市の選定、会社の登記、オフィスビルの賃貸契約、現地従業員の採用、社内組織の構築、販路の開拓、マーケティングミックス、それらを彼がほぼ一人でやっている姿を目の当たりにした。
しかも、イタリアという英語もほとんど通じない国での話だ。

登記手続き、各種契約、マーケティングなど表記はすべてイタリア語。
もちろん、設立準備からイタリア人を採用して実務は任せるわけだが、すべての責任を取るのはA氏だ。

販路の開拓はさらに難度が高い。
通常、自動車の販売ルートは、専属的チャネル政策を採用する。当ブランドの自動車販売を希望する地域で資本家を探して専売の契約をする。
日本から輸入した完成車を、この現地資本の販売店に卸し、この販売店がユーザーに小売りする。

イタリアでの生活経験・ビジネス経験がほとんどない日本人がどうやって現地の資本家を見つけ出すのか。しかもイタリアのすべての地域を対象に探し出さなければならないのだ。
当然のことながら、A氏は毎週のようにイタリア全土を飛び回り、候補の資本家と直接面談し、店舗予定地を自分の眼で確認する。

各地域の候補者は、それぞれの地で名士と呼ばれる資本家たちばかりで百戦錬磨だ。そんな候補者たちの自動車販売の経験や、当社のブランドに対する思い入れを見抜きながら選別していく。

そしてその販売店を統括しながら販売実績を積み上げていく。
会社を立ち上げてほんの3年のうちに、年間の販売台数が1万台を突破した。

わたしはA氏と3年間仕事をともにしたことにより、A氏のリーダーシップとマネジメントを目の当たりにできた。
A氏はリーダーシップとマネジメント能力に長けていたわけだが、私がそばで彼を見ていて思いついた言葉は「アントレプレナー(Entreprenuer:起業家)」だ。

企業に属していてもアントレプレナー精神を備えた人を「イントレプレナー(Intoreprenuer)」と別名で呼ぶこともあるようだが、起業家精神を持っている人という意味でどちらもアントレプレナーと呼びたい。

企業に属したサラリーマンでありながら、強烈なアントレプレナーの気概を持っている人だということだ。

これは、違う言葉に言い換えると(以前もnoteに書いたことがあるが)、

「GRIT」を実践しているということでもある。

Guts (ガッツ):困難に立ち向かう「闘志」
Resilience (レジリエンス):失敗してもあきらめずに続ける「粘り強さ」
Initiative(イニシアチブ):自分が目標を定め取り組む「自発」
Tenasity(テナシティ):最後までやり遂げる「執念」

社会的に成功する最も重要な要素は、「IQの高さ」や「才能・知性」ではなく、「やり抜く力(GRIT)」だとアメリカの心理学者アンジェラ・リー・ダックワースが提唱。

A氏には、この「やりぬく力(GRIT)」と「才能・知性」の両方が備わっていると感じた。

イタリアに着任するまで、本社財務部で、書類とパソコンと電話でほぼ仕事を完結させ、迷うことがあれば隣の席の先輩や課長に相談できていた私。
いや、私だけではないかもしれない。大組織の管理部門で働く会社人の多くが似たような働き方をしていると言ったら過言だろうか。

わたしが本社で経験した会社人としての感覚とは、会社の方針に沿って日々目の前に流れてくる実務をこなしていくこと、というものであった。

ところが同じ会社に勤める人間でも、A氏のような働き方をしている人に、正直初めて出会い、そして衝撃を受けた。

昨今、組織に属さずにベンチャーを設立して事業を起こす人が増えてきている。しかし、もうひとつの選択肢として、大きな組織に所属しながらでも、自由にアントレプレナー精神を発揮するチャンスをつかみ取るという道もある。特に海外に出ると可能性が広がる。
もちろん会社のカラーによってその自由度は異なるが。

大切なのは、自分の「やり抜く力:GRIT」を存分に発揮して、やりがいや達成感を満たす環境を探し出し、自らつかみ取ることだ。

後日談として付け加えると、A氏はイタリアでの駐在を終えて日本に帰国したあと、当然のように役員に昇格した。
そしてさらに上のポジションを経て、最終的には会社の頂上(会長職)へと上り詰めたのだった。

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