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エクスキューズミー、私もその席にiPadを置きたいのですが・・・

朝6時前の真冬のフランクフルト。
まだ夜が明けておらず、外は暗くて凍える寒さ。
眠気から覚めやらないなか、身支度をして自宅を出て、空港へ向かう。
日本ではノータイの習慣が広がってきたが、欧州ではあいかわらず、濃紺のスーツにネクタイを締めるのがビジネスのマナー。

搭乗するフライトはフランクフルト→ヒースロー、8:00発のルフトハンザLH900 便。

欧州の大半の国々ではフリーパスで国境を越えることができ、しかも通貨もユーロで統一されている。入国時に両替する必要もない。昔と比べて、本当に欧州内移動の手間が少なくなった。

ところが英国は、欧州圏内とはいえシェンゲン協定に加盟していないため、パスポートコントロール無しには入国できない。そのため、フランクフルトの空港でもパスポートコントロールを通過しなければならない。そのため6:30ごろにはパスポートコントロールに並ぶ必要がある。
しかも、通貨ユーロを導入しておらず、いまだにポンドを買わなければならない。

フランクフルト空港はルフトハンザのハブ空港で、ときにパスポートコントロールに乗り継ぎの乗客の長蛇の列ができていることがある。早めに並ばないと、予定のフライトに乗りそびれる恐れがある。

2019年まで、ドイツのフランクフルトに6年間暮らしていた。
仕事の都合で、フランクフルトから英国へ毎週のように出張へ出かけていた。ときには1泊、2泊することもあったが、たいがいは日帰り出張だった。

といっても、フランクフルト・ヒースロー間のフライト時間は1時間程度。東京・大阪間と変わらない。距離も800キロ弱だ。
日帰り出張も十分可能な範囲。

ルフトハンザの欧州域内のフライトはたいていエアバスの機体A320が使われていて、機体は通路の両側に3席ずつ配置されている。

A320レイアウト

バカンスのシーズン以外は、この約180席が満席になることは稀で、たいていは3席の両側(つまり、A席とC席、そしてD席とF席)に乗客が着座し、真ん中の席(つまり、B席とE席)は空いていることが多い。

わたしはいつも前日までにwebチェックインを済ませていて、たいていは希望の窓側の席(A席またはF席)を押さえておくことができていた。
通路側は好きではない。

優先搭乗により早々に座席に着くのだが、通路側に座ってしまうと、そのあと搭乗してくるカラダのデカい欧州人が通路を通るとき、カラダの一部や彼の持ち込みバッグが、座っている私の肩や腕にぶつかって不快だからだ。

欧州人は明らかに規定よりも大きなバッグを機内に持ち込む人がいて、バッグをカラダに摺り寄せながらどうにか通路を進んでいく。

それでも平常のシーズンは乗客のほとんどが旅慣れたビジネスマンなので、手際よくそしてスムーズに自分の席を見つけて座っていく。
いつものようにA席に座ったわたしがいて、ひとつ空けてC席にはビジネスマン風のドイツ人が座った。
もちろん見知らぬ彼だが、名前をMr. フーズマイヤーとしておこう。フーズマイヤー(Husemeyer)は、ファーストネームではなく、ファミリーネームだ。たいていの欧米各国ではファーストネームで呼び合うのだが、ドイツではビジネス上ではファミリーネームで呼ぶ合うことが多い。堅苦しいドイツ人らしいというのか、人との距離を保とうとするドイツ人ということなのか。

フーズマイヤーはしばらくドイツ語の朝刊を広げていたが、離陸してシートベルトサインが消えるやいなや、新聞をバッグに仕舞い、おもむろにラップトップを出して前のテーブルに広げ、カタカタとやり始めた。移動中も当然のように仕事に精を出す。彼らは時間の使い方が半端じゃなく効率的だ。たぶん、家ではシャワーを浴びながら食事をしているのだろう。

効率的なのは構わないが、問題は、私とフーズマイヤーの間の空席となっているシート(B席)なのだ。

しばらくして、CAが飲み物とクロワッサンを配り始めた。フーズマイヤーはラップトップを閉じ、そしてなんのためらいもなくB席の座面の上の真ん中に置いた。

実は私もラップトップではないが、iPadを膝の上において、メールをチェックしていた。前のテーブルを広げてコーヒーとクロワッサンをおくためには、私もiPadをどこかへ置きたいのだ

しかし、すでにB席にはフーズマイヤーのPCが鎮座していて、私のiPadを置くスペースは、無い

もし、フーズマイヤーがB席の私側3分の1程度のスペースを空けてラップトップを彼側に寄せておいてくれたならば、私のiPadもぶじにB席の座面に彼のラップトップと仲良く並んで置けたかもしれない。
しかし彼は、私の無言の期待には全く気が付かない。というより、気にするそぶりは皆無だ

もし、逆の立場で私がラップトップをB席に置く必要があったとしたら、「あのー、すいませんが、B席に私のラップトップを置いてもよろしいですか?」あるいは、声をかけるのがちょっとはばかれるような強面(こわもて)でプロレスラーのような屈強そうなオトコだったら、B席の自分寄りの半分程度のスペースにラップトップを遠慮がちに置くと思う。なぜならB席は両側の二人が平等に分け合うべき空間という日本人の常識を私は持っているからだ。私だけではなく、日本人の大多数はおなじように相手の気持ちを慮(おもんばか)った行動をとるのではないか。

以前の投稿にも書いたが、世界には「高コンテクスト文化」と「低コンテクスト文化」というふたつのコミュニケーションの型が存在する。

高コンテクスト文化とは、「空気を読む」とか「以心伝心」という言葉に代表されるように、下のように定義される。

「実際に言葉として表現された内容よりも、言葉にされていないのに相手に理解される(理解したと思われる)内容のほうが豊かな伝達方式であり、その再極端な言語が日本語」

一方、低コンテクスト文化とは、このように定義される。

「言語にされた内容のみが情報としての意味を持ち、言葉にしていない内容は伝わらない。再極端な言語はドイツ語」

これは言語の特徴であり、またその言語を使用する人々のコミュニケーションの型、あるいは文化の違いともいえるのである。

座席の話に戻ると、フーズマイヤーは離陸してしばらく経って、飲み物とクロワッサンが配られた段階で、B席を独り占めしたわけだ。
私がB席を使用しなかったから、彼は独り占めしたのであって、もし私が使用したい意思表示をしたり、実際に使用したとしたら、独り占めはしないはずなのだ。
もし、彼がラップトップをB席に置いた後に、私が「エクスキューズミー、私もB席にiPadを置きたいのです」と口にしたとしたら、彼は当然のごとく、「オー、ソーリー。」と言って、彼のラップトップをずらしてiPadを置くスペースを開けてくれたのである。(たぶん)。

つまり、彼はずうずうしい人間でも何でもない。善良なドイツ国民であり、礼儀正しいビジネスマンであるのだ。当然、濃紺のスーツに発色の良いネクタイをキチっと占めている。にもかかわらず、私は彼に対して不満を持ち、ストレスを感じてしまうのである。しかし、そのストレスはフーズマイヤーという個人に因るものでは全くなく、コミュニケーションの型の違いに起因しているのだ。つまり、私が私の要望を言葉にしないことが原因なのだ。

私は、A320のB席やE席に、私になんの断りもなく、所有物(ラップトップだけでなく、ビジネスバッグだったり、素敵な山高帽だったり)を置いて独り占めする欧州人を何度となく見てきた。フーズマイヤーはOne of themなのだ。

このコミュニケーションの型の違いが原因であることに気が付いた後でも、私は、B席に置く欧州人に対して、「エクスキューズミー、私もiPad置きたいのだけれど」と言えず、ガマンを続ける典型的な日本人なのだった。

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