月並みだけど
突然の訪問客
ピンポ〜ン♪
雨の午後、いつもの時間に親子3人でおやつを食べていたら突然チャイムが鳴った。
ん? こんな時間に誰だろう?
リビングから確認できるカメラのモニターには、マスクをした知らない女性の横顔が映っている。
玄関に出ていった母から感嘆の声が上がったのは、それから間もなくのことだった。
短い廊下を小走りで戻ってくる母。
父が席を立って母を追って玄関に行くと、賑やかさは一層に増した。
同時に、数人の楽しそうな声が交わる。
興味本位で私も玄関に出て行ってみると・・
訪問客は、60代くらいの4人の女性たち。
父の昔の教え子さんたちが訪ねて来てくれていたのだった。
うれしい再会
小学校の教員だった父がこのクラスの担任をしていたのは、父が30代前半のとき。
教員になって初めての学校で受け持った高学年のクラスだった。
父曰く、そのクラスはなぜか特別でその後卒業してからもずっと、何人かの生徒さんたちとは今でも年賀状のやりとりをしているという。
年を取っている父に気を遣い、マスクをしたまま開けたドアの横から動かず、父を見ている。
一方の父は、玄関口で膝をつき彼女たちを見上げ笑顔が止まらない。
家の玄関が今この瞬間、空気が変わっているように見えた。
真ん中にいたショートカットの女性がいうと、みんなもうなづいて口々と相槌を打った。
お互いの近況を少しずつ伝え合い
時間はあっという間に過ぎて行った。
* * *
父が言うと、生徒さんたちが一人ずつ、恥ずかしそうにマスクを外してくれた。
父は名前を呼びながら、一人ひとりの顔を確かめた。
メッセージ
生徒さんたちが帰ってすぐに、父に代わり代表のSさんへ短いお礼と共に、今日の写真を送った。
夕方になると、Sさんから早速返事が届いた。
みんな先生が大好きで、毎日が楽しかったこと。
卒業後にも生徒のみんなで、東京の旧家に遊びに来てくれたことなどが書いてあった。
そういえば今日話している時、私や母の名前も呼んでくださっていたっけ。
Sさんが書いてくれた最後の一行が、印象的だった。
* * *
50年という時を経ても、また集まればこうして昔のように突然ひょっこり遊びに来てくれる生徒さんたち。
その無邪気な思いつきは、先生にとっていつの時代になっても、微塵たりとも迷惑でなんかあるはずがない。
玄関のあの空気が、忘れられない。
同じ地球上に生きていれば、こんな風に会いたいと思った時にいつでも会えるんだな。
例えそれが一瞬でも、お互いに声を掛け合い、笑い合い、伝えたいことを伝え合うことができるんだな。
それが生きてるってこと。
月並みだけど …
生きていてよかった。
実家にて
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