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ほんとうの意味で「数字に強い」ビジネスパーソンになるための分析的視点

かれこれ 20年以上 IT マーケターをやっていて思うのだが、これだけデータの重要性が声高に叫ばれているにもかかわらず、肝心のビジネスパーソンの分析能力のほうは、この 20年間一向に上がっている気がしない。何も統計学やツールの話をしているのではない。もっともっと基礎の部分、何のために分析をしているのか、いやそもそもその数字は何のために出しているのか、それすら分かっていないのではないかと思わせるシーンに、非常によく出くわすのだ。

たとえば月次レビューのためのレポートに、その月に実施したイベントが羅列されていて "合計 2,500人の集客!" とだけ書いてくるのである。その 2,500人がどうやら彼の事前の期待を上回るレベルだからこそのビックリマークなのだろう。しかし、この 2,500人をどういうふうに誇りたいのか全くわからない。たとえば前年同月は 1,000人だったのにとか、これまでの1開催あたりの平均集客数は 50人だったのにとか、前年同月比でコストを 1/2 しか掛けていないのに、とかがないので、この 2,500 という数字が、どう良い、のか判断しようがないのである。

2つの問題点

この例での問題点は 2つある。1つ目は「レビューとは何のために存在しているのか」をおそらく理解していない点。こういうケースは実のところとても多いのだが、自分の頑張りと成果を誇りたいがために、活動の羅列になってしまっている。そんなの見せられてもこちらは「へえ、がんばったんだね」以上に言いようがない。頑張りそのものの客観的な数値化はできないので、成績評価にも使えない。組織長として部下に示してもらいたいポイントは、一つ一つの活動内容ではない。想定した結果より良かったにしろ悪かったにしろ、それがなぜ良かったのかなぜ悪かったのか、であれば次にどうするとより大きな成果が得られそうなのか、そのためにはどんなヘルプが必要で、その活動は他のチームメンバーにも応用できるのか、といったインサイト (知見) が知りたいのだ。インサイトのない活動の報告に時間を費やす必要などない。それを誘導するために (もちろん口頭でも説明しているのだが)、Highlight / Lowlight / Help Needed などの欄をわざわざ設けたりするのだけども、それでもそこに、活動の羅列 / 活動の羅列 / お金くれ、と書いてくる。中には「Highlight / Lowlight だと書きづらいのでフォーマット変えました」というツワモノまでいて、ここまでくると治療はほぼ不可能である。

2つ目は、先の通り「何と比較しているのか」が無いことだ。あるいは比較対象が間違っていることも多い。たとえば "前年比 200% 増" なんて言ってくると何だかすごそうだけど、他の国ではどうなんだい?と調べさせるとそちらは前年比 500% 増だったりする。

分析の「前提」と対象とする「変数」

この 2つ、別の言い方をすると、分析に先立つ 「前提」と、分析対象となる「変数」の選択が、正しい分析を行う上で最も重要な要素であり、このどちらかあるいは両方が欠けているケースが非常に多いのである。

「前提」はそもそも何の話をしているのか、ということであって、データ分析に限らず議論の出発点となるものだ。噛み合わない議論では、お互いが認識している前提が違っていることが多い。ネットの記事とそれに対する読者コメントでよく見かける風景だ。先の例は、部下が現状を正しく理解してそれに対応できるどんなアイデアを持っているのかを知りたい上司に対し、自分がどんなに頑張っているのかを知ってほしい部下、という前提の違いがもたらす不幸である。残念ながら少なくとも外資系では、頑張っているかどうかは評価とは無関係なので、この場合部下が前提を変えるべきなのだ。

「変数」は先の前提に基づき作られた個々の論点を証明するために比較する数字である。先の例でいうと、前年はイベント 10開催で 2,000人集客、今年はイベント 20開催で 2,500人集客したのだがトータルコストは前年の半分の 500万円だとする。このままでは変数っぽいものが多すぎるので、ここでコスト効率を論点にするならば、一人あたりのコストという変数一つに集約すべきである。前年は一人あたり 5,000円、今年は一人あたり 2,000円なので、60% のコスト削減を実現できたわけだ。基本、人の頭で多次元の要素を比較するのはとても難しいので、変数は一つにしてあとの条件は固定すべきだ。数学で習ったと思うが、変数にあてはまる答えを導き出すためには、変数の数 + 1 個の指揮が必要だ。先の例だと、変数を一つにしておけば前年と今年の比較をするだけで済むのである。

一番大事なのはインサイト

そして肝心なのがここから導き出される「インサイト」、ちゃんと状況を正しく理解した上での仮説である。前年は大規模会場を借りての大型イベントが多かったが、今年は自社の会議室を使って小規模開催にする代わりに回数を増やしたことでお客様の検討タイミングにより合わせやすくなったことが功を奏したのだろう、といったことである。ここでは話を単純化するためにイベント集客のみに焦点を当てたが、本当はそのイベントに来場したお客様からどれ位のリードや商談を獲得できたのかまで測定し、例えば一商談あたりの獲得コスト比較をベースにして説明したほうがよかろう。

一般に「数字に強い」と言われる人が、その実、売上などの最終アウトプット数字への執着が強く部下をキリキリと絞る上司、を指すことが多いことが非常に残念でならない。適切に比較できる対象が用意されていないのに、単に他の製品と比べて売上金額が小さい、ことだけを理由にその原因究明に時間を浪費するような例をよく見てきた。ほんとうの意味で数字に強い人とは、何の話をしていて何と比べているのかという意識を常に持つことで、迅速に正しく価値ある判断ができる人、のことである。上層部の無知なツッコミに対抗し正しいことをするためには、現場および現場マネージャーこそが数字に強くならなければならない。

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