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親不孝息子帰郷のニュースに親戚一同ひっくり返った〈介護幸福論 #7〉

「介護幸福論」第7回。介護のため、故郷の新潟長岡に帰る。そのことは多くの人に驚きを持って受け止められた。とくに長い間実家と疎遠だった親不孝息子が帰るということで、親戚たちはひっくり返ったという。「大雪が降るぞ!」とも言われたが、本当にその冬はシベリア寒気団が日本海方面へ押し寄せ、記録的な大雪が降ったのだった。

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■介護をネタにしたっていい

 カイガーマンあるある。

 親を在宅介護している者同士の会話で、「うちは要介護度が3なんですよ」「ああ、3ですか。うちは4に上がったんですよね」と、相手より介護度が重いとわかると、ちょっとだけ勝ったような気分になる。

 しかし、そこで相手が要介護度5(もっとも重いランク)だと、KO負け。話が続かない。

 こんなふうに介護をネタにジョークっぽいことを書いたら、不謹慎と怒られるのだろうか。
「カイガーマン」というのは、介護する人の呼称としてポップなネーミングはないだろうかと、考えてみた。介護男子、介護女子より、カイガーマン、カイガーウーマンのほうが、戦隊ものの正義の味方みたいでカッコいい。

 認知症の父に暴力を振るわれて、赤い生傷が絶えないカイガーマン・レッド!
 介護疲れのストレスで、自分がうつ症状になってしまったカイガーマン・ブルー!
 シモの世話に追い回されて、家じゅうがトイレ状態のカイガーマン・イエロー!

 よしなさいって。これを部外者が口にしたら一発炎上案件だろうが、実際に介護している者が自虐的に言う場合のみ、ギリギリでセーフにしてもらおう。

■息子介護がクローズアップされる理由

 ぼくが親の病気のため、新潟県長岡市の実家へ帰ったことを仕事関係の人たちに告げると、みな一様に驚きの反応を示した。

「よく思い切りましたねえ」
「先のことはわからないけど、親が入所できる介護施設が見つかるまでは、自分がなんとかしようと思っています」
「仕事はどうするんですか」
「当面、家でできる仕事は続けるつもりですけど……あんまり考えてません」

 ほかに多かった反応がこれ。
「女きょうだいや、誰か身内の奥さんはいないんですか」
 なるほど、これがごく一般的な感想なのだろうか。ところが今や、この質問だけでバッシングの対象になりかねない。

 2018年に、NHKの番組が「息子介護」の特集を組んだところ、SNSが炎上気味になったことがある。

「なぜ『息子』だけ特別視するの? 『娘介護』や『嫁介護』は取り上げられたことがないのに!」
「息子介護がクローズアップされるのは、今まで介護が女性に押し付けられてきた証拠。性差別です」

 そんな声が多数上がったのだ。介護と言えば、まず嫁か娘に任せるものという考え方や慣習があるから、息子介護が注目される。それを気に入らない女性が多いようだった。実の親ならともかく、義理の父親の介護をさせられる嫁の立場は本当に気の毒だと思う。

 とは言え、その特集を攻撃する必要はもうないだろう。介護を嫁や娘に任せる慣習がすでに時代にそぐわず、今は変わりつつあるという現実が息子介護の増加に表れている。女性たちは息子介護の特集を、不当な役割分担からの解放と喜べばいい。

 うちは男兄弟3人。ぼくは次男で、女きょうだいはいない。兄も弟も全員、東京に出ている。

 兄は結婚して家庭を持っている。とてもしっかりした長男で、正月やお盆には実家へ帰るとか、親に孫の顔を見せてあげるとか、まともな息子の役目は全部、兄がやってくれていた。しかしこの非常事態で、すぐに動ける身軽さはない。三男も同様だ。

■「次男が帰ってくるらしい」「大雪が降るぞ!」

 一方、次男のこちらは、妻なし、子なし、勤め先なし。一番ないのは社会適合性なのだけれど、それはさておき、身軽さだけはある。仕事にも熱心ではなく、ちょうど仕事量を減らして自由な時間を増やした頃の出来事だった。

 自分が行かなきゃどうにもならないだろうな。ほかに選択肢はないだろうな。そう思っただけで、特に一大決心をして帰郷を決めたわけではなかった。

 それにこの頃はまだ、自宅で何年も親の介護をするなんて想像していなかった。父はいずれ施設にお願いするしかなさそうだから、とりあえず母が良くなるまでの間、ぼくがやり繰りしながら中継ぎとしてつなぐ。それならば自分にもできるのではないか。

 ピッチング練習なしでマウンドに呼ばれた、緊急登板のリリーフ投手。ベンチに1人しかいなかったのだから仕方がない。そんな心境だった。

 不義理の息子が実家に帰ったという知らせは、親戚のあいだでも驚きのニュース速報として受け止められた。

「次男が帰ってきたんだって!」
「なに、ホントか!? 一番帰ってきそうもないヤツが帰ってくるなんて、これは大雪が降るぞ!」

 父方の親戚も、母方の親戚も、同じ反応だった。わざわざうちに電話してきて、ぼくが家にいるのを確かめてもう一度驚いたおじさんもいた。

 そこまで引っくり返らなくてもいいのにと思ったけど、本当にその冬はシベリア寒気団が日本海方面へ押し寄せ、記録に残るレベルの大雪が降ったのだった。

*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf

※本連載は毎週木曜日に更新予定です

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