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さようなら。空へ昇る花火に重ねた父と母の御魂〈介護幸福論 #40〉

「介護幸福論」最終回。父と母を見送り、東京に帰る前に長岡花火を見ようと思った。長岡には中越地震からの復興を願った「フェニックス」という名物プログラムがある。ヒュルルルル~、ヒュルルルル~と少し哀しげに花火は登る。その曲導に去っていた大切な人の御魂を重ねた。

■実家生活の最後に見た花火

 長岡は花火の町だ。毎年8月の2日と3日には盛大な花火大会をメインイベントに長岡まつりが行われ、100万人もの観光客が押し寄せる。

 この花火まつりが、昭和20年8月の空襲による戦没者を慰霊するところから始まった由来や、ぼくの祖母にあたる人もその空襲で命を落としたことは以前に書いた。

 実家生活の最後に、長岡花火を見ていこう。東京へ戻るのはその後にしよう。そう決めた。

 今度はいつ見られるかわからない地元の花火を思い浮かべながら、都会での新しい住居の契約を済ませ、引越しの日程もそれに合わせた。ちょうどいい区切りになる。

 幸運にも知り合いを通じて、花火を間近で見られる桟敷席(さじきせき)を分けてもらえることになった。桟敷席から見ると、花火が真上から降ってくるように感じられる。

 長岡花火のフェニックスという名物プログラムを知っているだろうか。

 平原綾香の『ジュピター』をバックミュージックに、信濃川の河川敷から横幅2キロメートルに渡って打ち上げられる絵巻のような超大型スターマイン。

 3分から5分の間(年によって違う)、ひたすら上がり続ける花火の絶え間ない光と音の物量にまず圧倒され、最後は手塚治虫の「火の鳥」に出てくるような、不死鳥を模した花火で締めくくられる。「ドン!ドン!ドドンドン!」と、尺玉が連発されたラストに、きらりーんと何羽もの不死鳥(=フェニックス)が翼を広げて夜空に翔ぶ。

 地元民にとっては、もともと2004年に新潟県を襲った中越地震をはじめとする、自然災害からの復興を祈願した花火でもある。

 フェニックスを見るたびに、あの中越地震にまつわる諸々の記憶や、そこから立ち上がろうとした誓い、願い、勇気、さまざまな感情がいっせいにこみ上げてくる。これもこの花火を特別なものにしている理由だ。

■「昇り曲導」に重ねる死者の御魂

 しかし、フェニックスが人の心に響く理由はそれだけじゃない。音楽に乗せて次々と続く「昇り曲導」のリレーが、フェニックスを涙腺刺激花火にしている気がしてならない。

「曲導(きょくどう)」とは、打ち上げ花火が空で開くまでの間に付属した小型花火のこと。ここで言わんとしているのは、下からしゅるしゅるしゅると、白や黄色の線が尾を引きながら夜空へ昇っていく、あのイントロ部分だ。

 シンプルな曲導は昇り龍と呼ばれるが、ぼくには龍に見えない。いつ見ても死者の御魂(みたま)に見える。亡くなった人の魂が火の玉になって、天へ昇っていく様にしか見えない。

 フェニックスの序盤。曲導は1本ずつ順番に昇っていく。ヒュルルルル~と、哀惜の笛を鳴らすかのような音を立てながら、ひとつずつ空へ向かって線を描く。

 中盤から終盤。花火の乱れ打ちの中、次から次へと曲導があとを追う。前の御魂がまだ空へ上がりきらないうちから、次の御魂が同じ軌道で追いかけるように、空へ昇っていく。

 ヒュルルルル~、ヒュルルルル~。  

 平均的な死生観を持った日本人なら、そこに人の生と死を重ねるのは多数派の感覚だろう。旅立った人が天に召されてゆく隠喩として、あの情景を受け止める。

 故郷へ帰ってきて30年ぶりに親と生活と共にし、父を見送った。母を見送った。

 見送った命は、両親だけではない。実家暮らしを始めてまもなく、母の兄が亡くなった。もうひとり親戚が逝った。母と同じ病室だった名も知らぬおばあちゃんは、ぼくに「あんた、毎日、感心だねえ。これでも食べなさいね」と、自分のおかずを差し出し、それから数日後に亡くなった。

 みんないつか、あとを追う。順番が違うだけだ。

 地元民として参列した最後の長岡花火。ひとりで見たフェニックスは、空へ昇って行った白い御魂の残像がいつまでも焼き付いて消えなかった。

*プロフィール
田端到(たばたいたる)。1962年、新潟県生まれ。大学を中退後、フリーライターに。競馬や野球を中心に著書は50冊以上。競馬の分野では「王様」の愛称で知られる。ほかにテレビドラマや映画のセリフ研究家、アスリートの名言コレクターの肩書きを持つ。両親の介護をするため、40代後半で帰郷。6年間の介護生活を送る。
ツイッターアカウント:https://twitter.com/4jkvvvypj6cdapf

※連載「介護幸福論」は今回が最終回です。ありがとうございました。著者へのサポートとさせていただきますので、よろしければ購入をお願いします。連載過去記事や田端さんのニュースクランチの寄稿記事もぜひご覧ください。


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