X(Twitter)現代川柳アンソロを読む④

ベスト・オブ・水のトラブルマグネット
まつりぺきん

自宅のポストに、時には職場のそれにも投函されている、例のペラペラのマグネット。チラシを留め置くことすら能わないほど磁力が心もとないため、適当に冷蔵庫に貼り付けてみて、それっきりのまことにつまらないものである。あの代物に「水のトラブルマグネット」と誰にでも伝わるキャッチーな名称を与えたことがまず斬新である。さらにそれに「ベスト・オブ」がつくとは。まるで役に立たないあのマグネットも、デザインや素材、キラキラしているか否かなどで価値が変わるのであろうか。そう思うと面白い。


漆喰が剥げたらへんの虞美人草
湊圭伍

「剥げたらへん」とは「剥げたあたりの」ということであろうか。言い回しに稚語めいたおかしみを感じるが、俳句としてとれなくもない句である。虞美人草つまりヒナゲシは、中国の英雄項羽の寵姫であった虞美人が自害し葬られた後、彼女の亡骸の傍らに咲いたという伝説を持つ花である。夏目漱石が小説の題材に選んだ花でもあり、フランスでの「コクリコ」という呼称から与謝野晶子の歌を思い浮かべる人もいることだろう。可憐な見た目に反して繁殖力の強い花であるという。漆喰もまた耐久性が強いものではあるが、完全ではない。剥がれた漆喰に虞美人草の赤が映える。愛する人を想い自ら散っていった美しき女の魂は「らへん」に、強かに残り続けるのである。


培養肉が兄に似てくる
森砂季

我らが人類は太古の昔から獣を狩り、その肉を糧としてきた。尽きることのない人類の欲望のために、これまでどれだけの生物が絶滅へと追いやられてきたか。歴史に学ぶと人類の罪を痛感させられる。そして現代、研究者達の中から「動物を犠牲にせず、環境にやさしい肉を生み出せないか」と考え、実行に移す人々が現れた。こうして生まれたのが「培養肉」である。食用とする生物の可食部分の細胞を培養して生み出したものであるが、これが「兄に似てくる」というのだから恐ろしい。なんとなく作中の本物の「兄」は既にこの世にない気配さえ感じられる。この「培養肉」ははたして何の細胞をもとに作られたのか。まず牛や豚のそれからではないであろう。他人ならぬ「他肉の空似」でもなさそうである。「培養肉」であるからには食用のはず。では、元の兄は……作者の句はあっけらかんとした雰囲気が特徴的であるが、だからこそおぞましい想像が尽きない。

正しいと君は独りになるんだよ
雪上牡丹餅

強い言い切りの形が印象に残る句である。私は作者のパーソナルな部分と作品とを絡めながら読み解くことについてはやや否定的なスタンスだ。未熟な人間が行えば殊に、単なるレッテル貼りに終わってしまうからである。しかし、この句に関しては正論の多い作者の個性を感じた。「正しさ」は必ずしも大衆に受け入れられず、多数決に勝つ要因ともならない。「正しさ」ばかりを判断基準にするなと咎める者さえこの世には存在する。不条理を受け入れるように、正しくないことこそがこの世の真理であると肯定すべきという主張もある。「正しい」ことを求め過ぎると確かに人は孤独になる。それは果たして悪いことなのであろうか。


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