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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part6-8

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.6『劣化機能の更新業務』 -8

【前話】


前回までのあらすじ
 建物の劣化診断を営む播磨宮守は姿をくらましていた『社長』づたいにアメンテリジェンスマンションの仕事を請け負い、管理AIの改善業務に乗り出す。11階サーバー室へ侵入するため天井裏へ潜り込んだ播磨。施設内モノレールに轢殺されるかというところだったが衝突防止装置により事なきを得、いよいよサーバー室内へと滑り込むのだった。


 天井裏よりもサーバー室内はさらに薄暗かった。

 照明は一切灯っておらず、林立するサーバーラックで何十個もの緑色光が震えるように明滅するのみだった。

 ARグラスの暗視モードで室内をぐるり見渡す。人の背丈のほどのサーバー群が列をなしており、その間にはダンボールや太鼓、掲示物やカラーコーンなどが乱雑に詰め込まれていた。住民たちはこの部屋を倉庫扱いしているらしい。

 壁面点検口から乗り出してあたりを見回す。天井面には照明と幾つかの設備が配置され、緩やかに赤く明滅している物もある。隅には監視カメラがあり、それ以外に防犯装置は見当たらない。

「スピーカー、熱感知器、火災報知器……あれはガス消火設備、ですかね」
『やっぱあったか。動いてる?』
「大丈夫そうだ」
『動きがあったらすぐマスクしろよ。酸欠で倒れられても助けに行けん』
「了解です」

 点検口の下にはタラップはおろか足がかりとなるものは何もなかった。どうやらここから飛び降りるしか無いらしい。グラスは床までの距離を2.3m程度としている。真下は廊下側のドア前のようで、荷物のたぐいは無かった。

「これから室内に入りますが、ハシゴが無いので飛び降ります」
『怪我すんなよ』

 狭い天井内でなんとかうつ伏せになり、足先をサーバー室内に差し入れる。

 その瞬間、またも警報が鳴り響いた。だが先ほどとは音色が違う。壁のパトランプがこちらの目を叩かんばかりに赤く点滅した。

『兄さん、なんの警報?』
『侵入警報。サーバー室のカメラだな。……まずい、ヨシノが確認した。警備会社に通報が行ってる』

 意を決して飛び降りる。僅かな浮遊感のあと、音を立てて床を踏みしめた。慣れない衝撃が足首をびりびりと走るが、幸い痛みは無かった。春日居から借りた靴のおかげだろうか。

『降りたな』
「ええ」
『急いで仕事を済ませてくれ。こっちで警備をなだめられればいいんだが、そうもいかん』
『メインの操作卓はさっき見えてた。これ。ここ』

 グラス上に手書きの矢印が現れた。立ち上がって振り返ると、ダンボールの山をいくつか隔てた所が丸で囲われた。

 どうということもない薄型モニターが鎮座する事務机がある。机の上には本や写真、書類のプリントアウトが乱雑に広がり、キーボードを埋没させているようだった。

 荷物の隙間を見つけ、急ぎ足で踏み込む。組合会報や地域新聞のARシートがあちこちに積まている。グラスが勝手にそれらを読み込み、腰から下がホログラフの記事で埋め尽くされた。

「邪魔!」

 ARグラスを押し上げて頭の上に乗せる。パトランプの赤と闇が交互に明滅し、行く先を照らしては隠す。だが大体の道筋は見えていた。大股に雑貨の谷間を超えていき、最後に目的のデスクに手をついて小山を跳び越えた。

「到着した」
『了解、ヨシノはいつでもいけるぜ』

 グラスを戻しながらキーボードを引きずり出す。適当にキーを叩いてみるが、モニターはかすかにこちらの顔を映すのみ。

「電源は入ってるみたいなんだが動かない」
『モニタの電源は大丈夫そう』
「ケーブルが外れてるのかもな。見てみる」
『それよりも通信の配線盤は?図面だと近くにあるぞ』

 そういえばそうだった。

 背後の壁を振り返る。
 天井まで届く棚が一面に書類や箱を詰め込まれている。積載物が不規則に波打つその壁面がくぼみ、一抱えほどもある樹脂製の筐体が納まっていた。

『見つけたか。そっちいじるほうが早いんじゃないか?』
「確かに!」

 ここまでの抵抗ぶりから考えても、管理システムが素直に操作させてくれるわけはない。お行儀よくキーボード入力するよりも確実で手早い方法があるならそうすべきか。

 筐体に駆け寄って全体を眺める。各階毎の警報を表示するパネルと小型の液晶モニターが一つ、マンションそのものの形で縦に並んでいる。
 一番下のモニターには建物の警報発令状況とその履歴が映り、サーバー室の侵入警報が赤く染まっていた。

 管理組合向けのメッセージ欄もある。数行分のテキストエリアには明朝体で同じ文章が何行も繰り返されていた。

 ”管理サーバー室は正常に運転中です”

「………そんなわけないだろう」

 筐体は左側を蝶番にしており、右手中程に鍵がある。蝶番は外からはずせそうにない。鍵を開けるしか無いだろう。

「この鍵、アナログだけだよね」
『間違いなし。やっちゃって』
『……やっぱり持たせてたのか』
『当たり前でしょ?』

 腰の工具入れから春日居に預かった可変万能鍵を取り出す。黒光りする鋼製の持ち手を掴み、灰色のぶよぶよとした先端部分を鍵穴に向けた。

『そのまま押し込んで5秒』

 ずぐりと不確かな手応えと共に樹脂を押し付ける。鍵穴から軟泥質の灰色が溢れ出した。

 喉がひりひりと乾く。喉を鳴らしてもツバすら出ない。

『よし、ゆっくり回して』

 重い手応えを感じながら握り手をひねる。ややあって硬い音が響くと、樹脂製の蓋が静かに手前へ浮いてきた。

 深呼吸の後、そっと蓋を引く。集合盤内には様々な色彩のケーブルが川のように流れ、基盤のソケットに接続されていた。

 管理組合向けのメッセージ欄が矢継ぎ早に更新される。
 文章は相変わらずだ。

 ”管理サーバー室は正常に運転中です”
 ”管理サーバー室は正常に運転中です”
 ”管理サーバー室は正常に運転中です”
 ―――

「うるさいな、こいつ」
『さっきの卓でアクセスできたらよかったね。ツラ突き合わせてお話できたかも』
『無駄口禁止。どうだ先生、やれそうか』
「見つけましたよ」

 そのうちの2本をつまみ、ソケットの固定ピンを外した。途端にメッセージ欄に
 ”通信主回線が断線しました”
 の字が踊った。

「外部との通信を切断しました」
『よしッ。端末を繋いでくれ』

 腰の工具入れから通信機を取り出す。作字刑事に預けられたそれは、春日居のリサイクルショップでも滅多に見られないような大型の無線通信機だった。

 取り外した2本の線を加工し、通信機のソケット形状に合わせる。重く大きな通信機を集合盤の適当な突起に預け、回線を差し込んだ。

『ヨシノ、どうだ?』
『確認中……受信を確認しました』

 冷ややかながらも美しい女性の声がイヤホンから響いた。

『センセイ、聞こえていますか?』
「ええ」
『管理サーバー室の通信回路もこちらに繋いでください』
「いまやってます」
『ヨシノ、先に警備会社に対応しろ』
『既に完了しています。誤報ということにしておきました』
『部屋ん中はまだうるさいみたいだけど?』
『ローカルエリアは未だ既存管理システムの管理下です。センセイの配線作業が終わり次第、対応いたします』

 パネル内のコードをほじくり、管理サーバー室の回線を探り当てる。急いで急ごしらえのソケットを作りつつ予備回線が無いかを目で追うが、その心配は無さそうだった。

「サーバー室回線、接続した。どう?」
『……確認しました。これより管理システムを代行します。作業終了までしばらくお待ち下さい』
『……てことは?』
『お仕事完了だよ姐さん。お疲れ様!』

 作字刑事の労いから数秒後、パトランプの光と警報が消えた。室内は再び、暗闇の中でサーバー群のLEDがゆらゆらと光るだけとなった。

『無線は?構内で無線回線のネットワークが生きてない?』
『現在、管理サーバー室は全ネットワークから切り離されています。心配は無用ですよツバメ』

 耳元で春日居のため息が深く響いた。

『いよいよ追い詰められたら、ガス室の真似事くらいやってくるかと思ったけどね』
『ガス消火か。二酸化炭素だっけ?』
『ちゃうちゃう、窒素』
「衝突防止装置の件もだけど、このシステムは人間を直ちに傷つけられるようには出来てないみたいだな」
『らしいね。ま、酸素マスクが無駄になったなぁって思って』
「ほっとしてるよ、ぼくは。……ああそうだ、町会長さんと牧野さんに連絡しといて。とりあえず急ぎの作業は終わったって」
『はいよ』

 大型無線機のLEDが不規則に明滅している。今頃ヨシノがマンション中の現状を把握しているのだろう。それが済めば、あとは最新の管理システムソフトウェアに管理業務を橋渡しするだけだ。AIほどの対応力はない、しかしマンションを管理するには十分な能力を持つ人口無能と。

『取り急ぎお知らせします。サーバーの増設が確認されました』
『どこだ』
『各家庭のホームサーバーですが、ご安心を。基幹システムは管理サーバー室内のサーバーです』
『……今の状態なら手も足も出ないか。危険性は無いな?』
『はい』

 しばらくはヨシノを介して外部管理システムからの建物管理を行う。時期を見てヨシノが外からサーバー群に管理用ソフトウェアを書き込めば全て完了だ。居住者が首をひねっても、システムログには異常性のないシステムアップデート履歴が残るだけ。

 あとぼくの仕事といえば、橋渡し作業を終えた無線機を取り外す。蹴散らかした荷物の山を片付ける。それくらいだ。最後は部屋のドアから堂々と出ていけばいい。今日のぼくは牧野氏の客だ。氏の部屋に戻り、仮眠でもとって朝を待つとしよう。

 膝から力が抜けそうになり、荷物棚にもたれかかった。

 今日まで色々ありすぎた。
 ばれれば有罪必至の計画。そのための準備と訓練。春日居と作字刑事にヨシノの助けがあったとはいえ、これまでの自分の人生を考えると想像でしか無かった大立ち回りをやってのけた。

 イヤホンからはくつろいだ様子の刑事と春日居、ヨシノの会話が聞こえる。雑談のように管理システムの運営状況を話している。
 しかし、ぼくにとってはもう関係のないことだ。問題は、劣化は修繕された。ぼくの仕事は終わったのだ。

 先生が生きていたら、今日のぼくを見てなんというだろうか。いつものごとく朗らかに笑うだろうか。あるいは滅多になかった叱責の機会になっただろうか。

 喉が渇く。深夜だと言うのに腹も空いた。だが何も持ち合わせはないし、この倉庫に口にできそうなものは何もない。

 災害用備蓄水くらい無いだろうか?未開封の段ボール箱を開けてまで失敬しようとは思わないが、ちょうどよく開封済の品がないとも言えないのではないか。

 イヤホンを外し、ARグラスを首からぶら下げて、室内の片付けを始めた。ついでに何か口にできるものはないかを探しつつ。崩してしまった山や踏みつけたプリントを直し、隠していきながら、サーバーラックの間に踏み込んだ。

 段ボール箱はどれも居住者が昔使っていたレクリエーション用のものばかりで、目当ての飲料ボトルは一切見当たらない。

 軽い苛立ちを覚えてあたりのサーバーを見回すと、一台の表示パネルに違和感を覚えた。

 両サイドに並ぶサーバー機器はどれも時刻や運転状況を知らせる表示で一致している。多少の表示内容やタイミングの差こそあれ、大まかに似たようなテキストが繰り返されている。だがその一台だけは、どうも違うようだった。

 足元の荷物に気をつけつつ歩み寄る。通り過ぎる途中に一台の表示を読むと、外部との通信が出来ない旨のエラーを吐き続けていた。それを通り過ぎて問題の一機へ。

 そのサーバーの表示パネルは、空白だった。なにも表示されていない。
 緑に光るディスプレイは何も映していない。

 異常を感じてイヤホンを戻そうとした瞬間、表示盤が瞬いた。


 ” I'm here ! ”


 続いて間の抜けた歯車のアニメーションが画面を駆ける。
 そしてまた

 ” I'm here !! ”

 いや、先ほどとわずかに文面が異なる。

 なんだ、これは。イヤホンをつけてみんなに知らせなければならない。

 ” Exellent Work !! HARIMA !! ”

 だが沸き立つ確信が口をつぐませた。
 あの調査の日、建物内から発信した男の声が腹の中で木霊している。きっとヨシノも探しているに違いないあの男の声が。

 " It's ME ! YAMADA !  "

 山田太郎社長。
 ぼくを今日までの仕事の、その流れに放り込んだ人物。その電話口からの声が。

 ここにいる、とはどういうことだ。
 いまこの管理サーバー室はアメンテリジェンスマンションから切断されている。電子の孤島だ。

 いや、いかにRC造とはいえ無線LAN電波がまったく通らないわけではない。このサーバーだけは他から独立した無線通信機能を持っていて、マンション内からアクセスできているのかもしれない。

 いますぐにでも作字刑事に連絡すべきだ。ヨシノに通報し、無線機とこのサーバーを繋がなければいけない。

 ” And , Not anymore. ”

 ” See you soon! ”

 "……”

 "……”

 "status log deleted”

 それきり表示パネルは空白に戻った。
 はじめからそうであったように、何も表示されていない。

 やはり管理システムはガス消火装置を起動したのだろうか?
 いまのぼくは酸欠状態で幻影を見ているんじゃないだろうか。
 そう思い、しかしそうは思いたくもなく、目が痛くなるほどモニタの緑光を浴び続けた。だが、何も変わりはしなかった。

 ■

 こうして、アメンテリジェンスマンションでの強行作業は終わった。

 ■

【続く】

サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。